高齢者のQOL向上・ウェルビーイング実現のため、まずはスタッフの職場環境改善を

「ウェルビーイング」という言葉をご存じでしょうか。短期的な幸せを指す「happy」に対して、人生における長期的な幸せを指す「well-being」は、「身体的・精神的・社会的に良好な状態にあること」を意味する概念です。高齢者施設は利用者のQOL（Quality Of Life＝クオリティー・オブ・ライフ：生活の質）の向上を目指す場所ですが、ウェルビーイングはQOLの向上と大きく関わっています。利用者のウェルビーイングはもちろん、働くスタッフのウェルビーイングも見過ごすことはできません。職場環境が安全・快適であることは、スタッフのウェルビーイングを高め、働く意欲や生産性の向上につながります。それをサポートするため、施設面では何ができるのでしょうか。

世界保健機関（WHO）憲章の前文には、「健康とは、病気ではないとか、弱っていないということではなく、肉体的にも、精神的にも、そして社会的にも、すべてが満たされた状態（well-being）にあること（日本WHO協会：訳）」とあります。
人が一日のうちでも長い時間を過ごす職場の環境は、ウェルビーイングに大きく関わっています。働く時間を安全に、快適に、満たされた状態で過ごせることは、労働意欲を高め、働き続けたいという意思につながります。介護業界が抱える離職率の高さという課題に向けたひとつの対策として、スタッフのウェルビーイング実現に注目が集まっています。
スタッフの経験不足や不慣れといった不安要素を減らして離職率を低下させることは、ひいては利用者への配慮や安全性、快適性を高めることにつながり、結果として利用者のウェルビーイング実現にも寄与するでしょう。経営課題の一環として職場の環境を改善し、ウェルビーイングの実現に取り組む企業が増えているのです。

介護保険法の成立以来、介護の需要はうなぎのぼりです。しかし、慢性的な人手不足、過酷な業務内容などから、介護業界では長期にわたって、離職率の高さが問題視されていました。近年、離職率と採用率は低下傾向にありますが、それでも新たに就職した人の約65％が3年以内に離職しています。

不足している介護職従事者の確保を後押しすべく、国も「潜在介護人材の呼び戻し」「介護職を目指す学生支援や介護未経験者の新規参入促進」「離職防止・定着促進」を3本柱として対策に乗り出しました。介護職従事者の数は年々増加しており、離職率は改善されつつあるものの、施設によって差があり、離職率の高い事業所も依然として存在しています。
近年は、業務改善を進めてスタッフの負担を減らし、働きやすくすることが、離職率の低下につながることもわかってきました。スタッフが安心して気持ち良く働ける環境を整備することで、スタッフ相互の人間関係も向上し、サービスの質にもつながっています。
スタッフのウェルビーイングを実現させることは、離職に歯止めをかける結果をもたらし、利用者の満足度を高めるといった「高齢者施設のあるべき形」を追求することにつながるといえるでしょう。

職場環境の改善を目指す取り組みとしては現状把握が第一。現場の第一線で働くスタッフに忌憚のない意見を聞くことが必要です。ここで大切なのは、どんな意見でも決して否定せずに受け入れ、問題点を洗い出すことです。「みんなやっていることだから」「これまでずっとそうしてきたから」などという慣例や精神論に行き着くのでは、改善策につながりません。
よくある問題点としては

・利用者のお世話が大変で、事務処理をする暇がない
・残業が多い、休みにくい
・夜勤やシフト勤務など、体力的な負担が大きい
・建具や段差など、あらゆる場面で危険性を感じるため、目を離せず気が休まらない
・職場の人間関係が良くない

などが挙げられます。こういった職場環境はスタッフのQOLを低下させ、ウェルビーイングの実現から離れていきます。個々の問題点を感情論ではなく事実として受け止めれば、それに対する具体的な改善策も見えてくるでしょう。

1.デジタル端末やICTを導入し、事務作業を効率化する
2.介助者をサポートするアシストスーツや、利用者の身体移動リフトなどを導入して介助の負担を減らす
3.施設の安全性を高め、介助者の心理的負担を減らす

3については、高齢者の滑りに配慮した床材や、安全に開閉できて開口幅も大きくとれる建具など、施設の設備面でサポートできる部分もあります。利用者が安心して過ごせる施設はスタッフにも安心をもたらし、職場の環境を改善する上で大きな役割を果たすことでしょう。