「脱施設化」 自宅のように感じられる高齢者施設づくり

高齢者施設 設計

超高齢社会の日本にあって、欠かせない社会インフラである高齢者施設。 本記事の前半では、現在国内にある高齢者施設の概要や、建築設計時に配慮すべき点などを幅広く解説し、後半では、利用者目線の高齢者施設づくりで多数の実績を持つコスモプラン株式会社代表取締役の水野直樹氏がご登場。自宅のように感じられる施設づくりを目指す水野氏に豊富な事例をご紹介いただきます。

  • お話を聞いた方

  • 水野 直樹
  • コスモプラン株式会社
    代表取締役
    水野 直樹 氏
    1995年にコスモプラン株式会社一級建築士事務所を開設。主に医療・福祉建築のコンサルティング・設計及び監理業務に従事し、全国各地で建築設計活動を実践している。セミナー講師・執筆活動等も積極的に行う。(所属団体)日本建築学会、日本建築家協会 (JIA登録建築家)、日本医療福祉建築協会など。

必要性が高まる高齢者施設

3人に1人が高齢者の時代が到来
日本の高齢化率(65歳以上の人口の割合)は2023年に29.1%となり、団塊ジュニア世代が65歳以上になる2040年には34.8%まで増えるといわれています。3人に1人が高齢者という社会で、介護を担う高齢者施設の必要性はますます高まっています。

建築設計時のポイント

高齢者施設にはさまざまな種類があり、種類に応じた建築基準と設備基準が定められています。ここでは、施設の種類にかかわらず、建築設計時に共通するポイントをご紹介します。

高齢者施設 設計

建物の立地に配慮する
一般的に、高齢者施設はある程度広い敷地が必要であることや、安全性が最優先されることから、にぎやかな商業地よりも人通りや車の交通量の少ない郊外が選ばれがちです。公共交通機関のアクセスはよくありませんが、ほとんどの場合、利用者は送迎サービスの対象となります。駐車場は職員の通勤や家族の面会のために確保します。

建物の規模を考慮する
高齢者施設は建築基準法だけでなく、さまざまな法律や条例により建築基準が定められています。立地や敷地や予算にも大きく左右されますが、高齢者が生活する場であるため、快適で健康的な暮らしができ、スタッフが介護をしやすい建物でなくてはなりません。例えばデイサービス施設の場合、利用定員が10名なら20坪、20名なら40坪が最低限必要とされています。

設備基準を満たす
設備基準についても、施設の種類ごとに細かく定められています。設備とは、居室や食堂、浴室、トイレのほか、機能訓練室や汚物処理室、医務室、レクリエーション用の部屋など、施設ごとに必要とされているものを指します。

高齢者施設の種類

高齢者施設には主に次の種類があります。

高齢者施設 設計

特別養護老人ホーム
一般に「特養」と呼ばれる施設で、比較的重度の要介護の高齢者が入所します。生活全般に介助が必要な高齢者や認知症の高齢者が多く、機械浴の浴室などを設計する必要があります。以前は2人部屋や4人部屋といった多床室が主流でしたが、2002年以降は「ユニット型個室」が建築されるようになりました。ユニット型はリビング・ダイニングのような共有空間を中心に10人程度の個室を配置するもので、医療施設とは異なり、食事や娯楽などの生活シーンを意識して設計されます。入所費用が割安な公的施設のため、シンプルなつくりの建物が少なくありません。

 

有料老人ホーム
介護サービスを提供する事業者が運営する民間の施設です。民間のため、入所費用の幅が非常に大きく、施設の規模や仕様、デザインなども千差万別です。介護の必要のない元気な高齢者が入所する「健康型」、介護が必要になれば外部事業者のサービスを受けられる「住宅型」、特養と似た全面的な介護サービスを受けられる「介護付き」の3種類があります。近年、多くオープンしているのは「介護付き」です。

介護老人保健施設
通称「老健」と呼ばれる施設で、医療法人が運営することが多く、比較的軽度の要介護の高齢者が自宅に戻ることを目標に、半年程度を目安にリハビリや身体介護を受けながら過ごします。そのため、リハビリテーション室や機能訓練室が充実しています。入所条件などさらに詳しい特長を知りたい方は下記の記事もご参照ください。
⇒「介護老人保健施設(老健)とは? 入所条件や特徴、リハビリからターミナルケアまで

グループホーム
認知症の高齢者が5~9人で共同生活を送る施設です。スタッフの介助を受けながら入所者ができる作業を分担し、日常生活をともに過ごすもので、認知症の人が落ち着きやすい一般家庭の雰囲気に近づけることを重視しています。

ケアハウス
公的施設で数は少ないですが、比較的安価に利用できることが特徴です。身のまわりのことは自分でできる高齢者が入所する「一般型」と、介護が必要な人が入所する「介護型」があります。

小規模多機能
要介護度が高くなっても地域で暮らし続けられるように、「通い」「訪問」「泊まり」のサービスをひとつの事業所で担当するものです。例えば、日中は小規模多機能へデイサービスに通ったり、自宅でヘルパーの訪問を受けるなどし、夜間は小規模多機能に宿泊するなど、利用者の状況に応じて複数のサービスを組み合わせられます。「訪問看護」と組み合わせたものを「看護小規模多機能」といいます。創設の背景や利用条件について詳しくはこちらをご覧ください。
⇒「小規模多機能型居宅介護 創設の背景 利用条件や求められる基準、施設環境とは?

サービス付き高齢者向け住宅
通称「サ高住」と呼ばれるもので、60歳以上の人が入居できる「賃貸住宅」をいいます。提供されるサービスはサ高住によりさまざまで、安否確認・見守りサービスや生活相談サービスのほか、食事提供サービスや生活支援サービス、介護サービスなどが提供されるケースもあります。サ高住で暮らす入居者の暮らしをサポートする建材についてはこちらの記事も参考にしてください。
⇒「サービス付き高齢者向け住宅(サ高住) 入居者の尊厳を確保し、自立を支援するために求められる設備とは

高齢者施設の建築基準

ここからは建築基準法で定められている高齢者施設の建築基準について、ご説明します。入所者の安全を守ることを第一に、「部屋の広さ(定員)」「建築物の採光」「防火設備」「廊下の幅」が定められています。施設の種類により異なりますし、細かなルールについては自治体により独自の規則を設けているケースもあるため、事前の確認が欠かせません。

高齢者施設 設計

部屋の広さ(定員)
主な施設の居室の広さの最低基準は以下のとおりです。
※面積は各自治体によって変わることがあります。

特別養護老人ホーム:10.65m²以上(1人あたり)
有料老人ホーム:13m²以上(1人あたり)
グループホーム:7.43m²以上(1人あたり)
サービス付き高齢者向け住宅:25m²以上(1人あたり)
※引用:厚生労働省「簡易宿泊所と無料低額宿泊所の整理について

よりよい居住環境を提供するため、これよりも広く設計する事例もあります。

建築物の採光
居室の床面積に対して1/5~1/10と定められており、照明設備の設置などにより変わります。一般的に、公園などに面する2階に食堂や機能訓練室を設けて、緑を楽しみながら採光基準を確保できる開口を設ける事例が多く見られます。自治体により細かな規定が存在する場合がありますので、事前に確認が必要です。

防火設備
高齢者施設をはじめとする福祉施設の入所者は災害弱者であり、万一火災が発生した際に自力で避難するのが難しい人たちです。実際、過去にグループホームなどで大きな火災事故が発生しており、消防法の改正につながっています。主要構造部については、例えばグループホームでは3階以上の建物を耐火建築物とすることを求めています。ただし、防火地域・準防火地域の違いや階層の違い、延床面積などにより準耐火建築物も認められており、案件ごとの確認が必要です。

廊下の幅
福祉施設は車いすを日常的に使うことが想定されるため、車いすがすれ違える幅を確保する必要があります。以下に施設の廊下幅の一例を示しますが、自治体により変わることもありますのでご確認ください。

特別養護老人ホーム:中廊下2.7m以上、片廊下1.8m以上
有料老人ホーム:中廊下2.7m以上、片廊下1.8m以上
グループホーム:中廊下1.6m以上、その他の廊下1.2m以上
サービス付き高齢者向け住宅:中廊下1.6m以上、片廊下1.2m以上(※)
(※)居室面積200m²以下の場合は78cm(柱がある部分は75cm)以上

ほかにも、廊下や階段には手すりを設けること、階段の傾斜を緩やかにすること、廊下やトイレなどには常夜灯を設けることなどが定められています。

高齢者施設の設備基準

高齢者施設 設計

高齢者施設に求められる設備とは
居室、食堂、浴室、トイレ、機能訓練室などの設備基準も、施設の種類ごとに細かく定められています。特養の場合、一定の条件をクリアしない限り、居室や食堂は2階以下に設けることが条件づけられています。
また、施設の種類により、調理をする調理室、介護スタッフのための事務所や休憩室、宿直室も必要ですし、医師や看護師のための医務室または健康管理室も必要です。
これらの基準は建物構造により異なるケースもありますので、事前の確認が不可欠です。

入所者を火事から守る防火設備
用途や規模により、居室の壁や天井、カーテンなどを難燃材とすることや、居室からの避難路の壁や天井を準不燃材料にすることなどが定められています。ほかに、消火器・自動火災報知設備、誘導灯、通報設備などの設置のほか、延床面積によりスプリンクラー設備や屋内消火栓設備の設置が義務付けられています。

設計前の準備

高齢者施設 設計

入所者の特性を考慮する
ひと言で「高齢者施設」といっても、寝たきりの要介護者から身のまわりのことはできる方まで、入所者の特性は多種多様です。重度の要介護者が大半を占める施設、認知症のための施設、レクリエーションを楽しみたい高齢者が多い施設など、案件ごとの特徴を細やかにヒアリングする必要があります。

介護スタッフのニーズをくみ取る
心身の負担が大きい介護に携わるスタッフにとって、移動距離が短い動線や介護しやすいスペースどり、気持ちの切り替えができるスタッフルームなどはとても重要です。建築主や施設長だけでなく、実際に現場で働く介護スタッフの要望を丁寧に聞き取ることで働きやすい施設となり、介護業界の最大の課題である人材確保などにつながりやすくなります。

「脱施設化」 自宅のように感じられる高齢者施設

高齢者施設 設計

ここまで高齢者施設設計における建物面のポイントを主にご紹介してきましたが、入所者が心穏やかに過ごすためには建物だけでなく、そこに暮らす人の思いまでくみ取り、設計に活かす必要があります。
そこで「脱施設化」=「医療福祉施設をいかに住宅に近づけるか」というテーマを追究する水野氏に、お話を伺いました。

「脱施設化」が求められる背景

水野氏は次のような背景から、「脱施設化」を提唱されています。

進行する医療ビッグバン
1990年代後半、「医療ビッグバン」という言葉が盛んに取り上げられた時期がありました。膨らむ一方の国民医療費を抑えるため、国が病床数の削減や自己負担額の引き上げなどの施策を次々に打ち出したことを指し、先進的な医療・福祉法人の経営者はこれにいち早く対応し、変革を進めようとしました。

介護の現場と意識を変えた介護保険制度
さらに2000年4月、介護保険制度が施行され、福祉・介護業界は大きな転換点を迎えました。高齢者施設への入所を希望する場合、従来は行政から割り当てられる施設に入所するしかなく、本人や家族に選択の余地はありませんでした。これを「措置制度」といいます。
しかし、介護保険制度が始まると、利用者が施設を選び、施設と契約を結んで入所する「契約制度」へと大きく変化しました。高齢者施設の経営主体である医療・福祉法人は、利用者や家族に選ばれる施設やサービスの提供を求められるようになり、施設設計やサービス設計にもさまざまな工夫を凝らすようになりました。

高齢者の受け皿としてのサ高住の急増
2011年、急速に進む高齢化に対応するため、国はサービス付き高齢者向け住宅(サ高住)制度を導入。ここから自宅と施設の中間に位置するサ高住が、数多く建設されるようになりました。それまでの高齢者施設は厚生労働省の管轄でしたが、このときから「高齢者住宅を増やしていく」という意気込みのもと、国土交通省との連携が始まりました。サ高住には異業種からの民間企業の参入も相次ぎ、今や全国で8,000棟あまりを数えます。

医療から介護へ。介護から地域へ
こうした社会の変革を踏まえて、水野氏がまとめた模式図が以下のものです。
増大する国民医療費を抑えるため、厚生労働省は慢性期の入院患者に地域の介護施設や高齢者住宅に移っていただきたいと考えました。地域に受け皿がないため、治療の効果が期待できないまま長期入院を続ける「社会的入院」が問題視された時期でもありました。
医療から介護へ、さらに介護から地域へ。社会のニーズに応えるため、脱施設化が求められる背景がここにあります。

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水野氏のセミナー資料:「なぜ脱施設化が必要なのか?」

「脱施設化」のポイント

では脱施設化のために、設計者が配慮すべきポイントとは、どのようなことでしょうか。

脱施設化を妨げる、さまざまな法規制
まずは法規制の問題です。
高齢者施設設計に大きく関わる法律には、建築基準法、消防法、バリアフリー法などがあります。もちろん、他にも関わる法律や条例が複数ありますが、ここでは主なものをご説明します。

建築基準法では耐火建築物または準耐火建築物を求められることが多く、ここに居室と避難路の防火区画が加わります。そのため、病院などでは軽量スチールドア(LSD)など、金属製の建具の使用が増える傾向にあります。
消防法は内装制限やスプリンクラー、自動火災通報装置などの設備の設置が求められます。
バリアフリー関連では、福祉のまちづくり条例などに必ず抵触します。廊下幅も各地の条例により影響を受けやすいものです。
各地域の条例に関しては、特定の敷地への建築制限がかかることがあり、「そもそも建てられない」という事態が発生する可能性があります。
また、補助金を申請するために、クリアしなければならない問題があります。例えば、「居室からの2方向避難」を求められる場合、居室から廊下側とバルコニー側の2方向へ避難路をつくるわけですが、その際、バルコニーの幅や段差解消など、さまざまな要求が出されます。
他に既存の建築物を再利用する場合の用途変更申請の難しさなど、住宅にはない法規制が存在します。
これらの法規制はいずれも高齢者施設の「脱施設化」を妨げ、「施設化」へと向かわせる要因となります。

高齢者施設 設計

水野氏のセミナー資料:「脱施設化のポイント」

脱施設化に必要な「構造」「仕様」「環境」
法規制の壁を乗り越えたうえで、脱施設化に必要なことは次の3つです。

高齢者施設 設計

構造
脱施設化のためには、「なるべく木造にする」ことが重要です。非木造の場合でも、内装材は木造で使う建材を採用すること。つまり、一般住宅をイメージして設計します。

仕様
最近では不燃処理を施された不燃材や不燃シート材料などが多く販売されており、一般の方には本物の木やタイルに見える製品も少なくありません。こうした既製品を使えば、コストやメンテナンスの問題もクリアできます。

環境
プライバシーを重視し、遮音性のある壁材などを採用します。また、もっとも重要なことは床材の選択です。入所者がつまずきにくく、転倒しにくい床材を選ぶと安全性が向上するだけでなく、スタッフにとっても労務軽減につながります。

事例紹介

ここからは水野氏が手がけた具体的な事例をご紹介します。

デイサービス(東京都練馬区)
庭が魅力的な一般住宅をデイサービスに改修した事例です。
玄関の上がり框は本来ならバリアフリーの観点から取り除くべきですが、美しい和風建築の雰囲気をあえて残しました。庭のウッドデッキは前の通学路を通る小学生との交流の場に。ヒノキ風呂は利用者に喜ばれています。

高齢者施設 設計

水野氏のセミナー資料:「事例紹介①:デイサービス」

 

診療所+有料老人ホーム(静岡県伊東市)
1.2haの敷地に診療所+有料老人ホーム8室、戸建て有料老人ホーム13戸を設計。国立公園内のため、多くの規制がかかりましたが、設計により課題をクリアしていきました。敷地内には高低差が10mあるため、敷地内に無人カートを走らせており、各居室からクリニックに連絡すると自動的に無人カートが迎えに来るシステムです。

高齢者施設 設計

 

高齢者施設 設計

水野氏のセミナー資料:「事例紹介②:診療所+有料老人ホーム」、「事例紹介②:診療所+有料老人ホーム」

 

特養6ユニット(茨城県常総市)
木造軸組工法で耐火ボードを二重貼りにし、耐火構造にしました。床や壁はサクラの無垢材やヒノキ材に不燃処理を施しています。

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水野氏のセミナー資料:「事例紹介③:特養6ユニット」

 

看護小規模多機能(東京都世田谷区)
補助金を活用し、土地を購入して事業を始められた事例です。敷地の制限、窓先空地の制限、バルコニーの段差など、さまざまな課題をクリアして完成しました。

高齢者施設 設計

水野氏のセミナー資料:「事例紹介④:看護小規模多機能」

 

看護小規模多機能(福島県会津若松市)
店舗を用途変更した鉄骨造平屋建て準耐火建築です。
天井の高いほぼ正方形の空間に施設を設計するにあたって、居室を窓側に配し、水廻りを中央に集めました。事務所から各所にアプローチしやすい動線を考えることも重要です。

高齢者施設 設計

水野氏のセミナー資料:「事例紹介⑤:看護小規模多機能」

 

高齢者施設 設計

高齢者施設はどうしても無機質な「施設」になりがちですが、実は事業者も利用者もそれを望んでいません。設計・建築に携わる者にとっては、高齢者施設を住宅に近づけ、住み慣れた住環境で最期の時まで過ごしていただくことが大切です。

ここに掲載した水野氏の言葉はごく一部で、特に事例についてはウェビナーで詳しく説明をされています。詳しい内容をお知りになりたい方、今後の施設設計に役立てたい方は、ぜひ会員登録をして、ウェビナー動画をご視聴ください。

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