【第1回】私設公民館「喫茶ランドリー」のまちづくり~軒先はメッセージ~

喫茶ランドリー

2018年、東京都墨田区にオープンした「喫茶ランドリー」。日本初の私設公民館として連日多くの人で賑わい、地域活性化・再生、コミュニティデザインのアイコンの一つとして注目を集めています。手がけたのは「1階に特化した空間づくり」を行う、株式会社グランドレベルの田中元子氏。本コラムでは、田中元子著『1階革命 私設公民館「喫茶ランドリー」とまちづくり』の一部から転載した内容を3回に亘ってご紹介します。

  • 著者紹介

  • 田中元子氏"
  • 田中元子 Motoko Tanaka
    茨城県生まれ。独学で建築を学び2004年、大西正紀と共にクリエイティブ・ユニットmosakiを共同設立。2014年より屋台をまちへ出しコーヒーを振る舞う趣味を開始。2016年「1階づくりはまちづくり」をモットーに株式会社グランドレベルを設立。2018年「喫茶ランドリー」をオープンし、グッドデザイン特別賞グッドフォーカス[地域社会デザイン]賞、リノベーションオブザイヤー無差別級部門最優秀賞を受賞。主な著書に、『1階革命 私設公民館「喫茶ランドリー」とまちづくり』(晶文社)、『マイパブリックとグランドレベル』(晶文社)、『建築家が建てた妻と娘のしあわせな家』(エクスナレッジ)。2022年内閣府地方創生推進アドバイザー。

  • 田中元子氏著書

  • 著書紹介

    『1階革命 私設公民館「喫茶ランドリー」とまちづくり』

    出版社:晶文社 発行年:2022

    日本初の私設公民館「喫茶ランドリー」の成功の秘密は、ハード/ソフト/コミュニケーションという3要素のデザイン手法にある。カフェや各種公共/商業施設など人が集うパブリックスペースのプロデュース事例、まちのさまざまな場所にベンチを設置するJAPAN/TOKYO BENCH PROJECT、さらには今注目されるウォーカブルシティについて、グランドレベル(1階)を活性化するヒントとアイデアが満載。

喫茶ランドリーのつくりかた

喫茶ランドリーは洗濯機・乾燥機やミシン・アイロンを備えた「まちの家事室」付きの喫茶店で、コンセプトは「どんなひとにも自由なくつろぎ」。まちに暮らすあまねく人々に来ていただける「私設公民館」のような場所になれば、という想いのもとから生まれた。なぜ、こういった考えに至ったかというと、まちの活性化の手段として、イベントや緑が多いまちづくりといった言葉を耳にする。しかし、一時的に賑わうイベントや植物よりも、「まちのグランドレベル(1階)に人の姿が日常的にあること」が最も重要だと思う。人は歩く時に5階や6階ではなく、1階やその周辺の景色を見て歩いている。だから「1階づくりはまちづくり」で、喫茶ランドリーは私たちが思う理想的な1階を形にしたものだ。

軒先はメッセージだ

喫茶ランドリーは築55年、工場だった1階をリノベーションしている。既存の建物は敷地ギリギリまで建て込んでいたが、リノベーションによって建物の壁面は数十センチセットバックし、奥行き1メートルもない程度だが、軒先ができた。人ひとりが佇める程度だが、こここそ店の顔であり、まちの風景となる大事な空間だ。わたしたちはここに、何をしたくてこんな場所を作っているのか、ということを一瞥して感じてもらえるような「らしさ」を宿したいと思った。その「らしさ」は、いつも同じじゃなくていい。人間の「らしさ」と同じで、見る人によっても変わるし、タイミング次第、気分次第でいろんな表情を見せるほうが、ひとつの「らしさ」にしがみつくより、素直なあり方だと思った。

喫茶ランドリー

入り口を入ったところがメインの客席となるフロア席。
20弱の客席には中古の喫茶家具を採用。

喫茶ランドリー

「モグラ席」と名付けた半地下のスペースは、一番人気の空間となった。

そしてこの軒先を、さまざまなひとに楽しく、使いこなして欲しい。変わりゆく場であることこそ、わたしが作りたいと思う喫茶ランドリー「らしさ」だし、室内の安心感と室外の開放感、相反するふたつを同時に感じられるこの建物のエッジ、軒先という空間での体験を、いろんなひとに味わって欲しいと思った。ひとの数だけ、軒先の使い途がある。

喫茶ランドリー

コロナ禍に入ってすぐにはじまった軒先八百屋。

喫茶ランドリー

犬の散歩途中の方や保育園の送り迎えの親子が立ち寄ってくださる機会が自然と増えていく。

こうして連続して眺めると、なんだか自然発生的に起きたことのように見えるし、それがうれしい。いつ、どうして、どうやって始まったのかと言われると、喫茶ランドリーをつくるうえで大事にしてきたハード、ソフト、コミュニケーションの3つが相互に作用した結果だと思うし、だからこそ、どんなひとがどのようにこの軒先を使っているシーンも、ごく当たり前の日常に見えるのだと思う。実際、わたしたちにとってはこれが日常だ。わたしは、こんな軒先がもっとあちこちにある世界、さまざまなひとがさまざまに居る状態を、壁の内側や建物の上の方ではなく、まちに生きていたら自然と眼に入ってくる景色、つまりグランドレベルにあればいいのに、と思っているし、その実現に寄与したい。