医療施設の設計:「ひとの居場所」をつくる

医療施設 設計

医療施設を設計する際には快適かつ安全に治療を行えることが大前提ですが、顧客ニーズの多様化も進み、「どのように設計したらいいかわからない」と悩む設計者も少なくありません。本記事では、前半に病院設計を行ううえで押さえておくべき基礎知識や大切なポイント、診療科ごとの違いなどの一般的な知識を解説します。

後半は、建築家 山﨑健太郎氏による「患者にとってよりよい医療施設のあり方」についてご紹介。患者やスタッフのニーズを汲み取るためにどうすればよいのか、「ひとの居場所をつくる」をキーワードに解説します。

  • お話を聞いた方

  • 山﨑 健太郎
  • 株式会社山﨑健太郎デザインワークショップ
    代表取締役
    山﨑 健太郎 氏
    沖縄の地域住民と琉球石灰岩を積んで建設した「糸満漁民食堂」をはじめ、斜面を活かした階段状の「はくすい保育園」、日常を感じるコモン型の「新富士のホスピス」等でグッドデザイン大賞、JIA日本建築大賞、日本建築学会作品選集新人賞、iF DESIGN AWARD Goldの他、国内外のアワードで受賞多数。刺激的な建築であることよりも、子供から高齢者まで様々な人に受け入れられ、人生の一部となっていくような建築を目指している。現在、工学院大学、東京理科大学、法政大学、早稲田大学非常勤講師。2020年からグッドデザイン賞審査委員。

病院設計を行う際の基礎知識

無床と有床では建築基準法上の取り扱いが異なる
法律上の「病院」の扱いは、ベッドの数により以下のように分類されます。入院できるベッドがある場合は病院もクリニックも「特殊建築物」という取り扱いになり、用途地域や床面積・建築面積の上限、防火設備など、さまざまな制約を受けます。

病院⇒20床以上ある医療施設
診療所⇒19床以下の医療施設(クリニック)
一般建築物⇒無床のクリニック

遵守すべき法令やガイドライン
さらに病院やクリニックの場合、バリアフリー法や地方公共団体条例、まちづくり条例などの法律の対象にもなります。バリアフリー法では利用者が安全に移動できるルールなどが定められており、病院やクリニックはその対象となっています。地方公共団体条例やまちづくり条例は地域ごとに制定されているため、建築する場所での確認が必要です。また、一般社団法人日本医療福祉設備協会のガイドラインにより、空調設備、衛生設備、電気設備にも細かな規定が定められています。

病院設計における構造設備等の基準
さらに病院・クリニックの建物では、最低限の病室の広さや廊下幅、患者さんが必要とする設備の設置などが義務付けられています。一般病床・療養病床・精神病床・感染症病床など、病床ごとに設備条件も異なります。

病院設計で大切なポイント

医療施設 設計

では、病院を設計していくうえで、大切なポイントとはどのようなことでしょうか。

快適な空間づくりを意識してゾーニングする
病院設計におけるゾーニングとは、部門別の配置を指します。
初診の患者さんにも受付がわかりやすいか。どの診療科をどこに配置し、必要な診察室や検査室をどのようにレイアウトするのか。診療科同士が連携しやすいか。どうすればスタッフの歩行距離を短縮できるのか。ゾーニングが的確であれば、スタッフが働きやすく、患者さんはスムーズに移動できる病院になります。

採光や通風を確保できる空間を意識する
光が多く入る空間や、適度に自然の風が通る空間は誰しも心地よく感じるものです。
建物に大きな開口を設ける、吹き抜けや天窓を設けて上から光を入れるなど、自然光や外の空気を取り入れる方法はさまざまです。庭の緑や院内のグリーンも心を和ませます。

雑菌を院内に持ち込まない
不特定多数の人が出入りし、特に高齢者・障がい者・持病がある人・乳幼児が多く訪れる医療施設では、他の施設以上に菌・ウイルス対策に入念に取り組まなければなりません。
手指消毒・検温をどこで行うのか。発熱している人の動線をどうするか。スリッパか土足か。導線計画も含めて、早めに決定する必要があります。

移動しやすい導線にする
導線は患者さんだけでなく、スタッフにとっても大きな問題です。病棟で働く多忙な看護師の導線を短くするには、病室とナースステーションをどのように配置すればよいのか。診察室から検査室への導線が効率的か。ストレッチャーや車いすがすれ違う幅や広さがあるか、などを検討します。また、スタッフのための裏導線を設けておくと、余計な接客対応が減り、本来の業務に集中しやすくなります。

目の届かない死角をつくらない
そもそも病院は体調の悪い人や高齢者・障がい者・妊婦さんなどが多く来院される場所です。突然体調が悪化したり、つまずいて転ぶ可能性が他の場所よりも高いため、スタッフの視線ができる限り行き届くようにデザインする必要があります。外来では受付から待合室を見渡せること、病棟ではナースステーションから死角になる部分を極力抑えることが求められます。

待合室や診療中のプライバシーに配慮する
病気はその人にとってナーバスな問題であり、検査結果は究極の個人情報です。そのため、診察室の会話が外に漏れないように配慮し、診療科によっては患者さん同士が顔を合わせない導線計画が必要です。

診療科ごとのポイント

診療科ごとに配慮すべき点が異なるのも病院設計の特徴です。

循環器内科
診察前の検査が多いため、待合室と診察室、各種検査室の導線を少しでも短縮できるよう、レイアウトを考えます。車いすでの移動に備えて、廊下やドアの幅は余裕を持って確保します。

呼吸器内科
感染症に配慮し、換気・空調面での対策が必要です。
発熱がある患者さんや咳が止まらない患者さんを案内する隔離室や処置室を設け、患者さんの導線が交わらないようにします。スタッフの休憩室は離れた場所に置くといいでしょう。

心療内科
プライバシー保護を重視し、患者さん同士が交差しない導線計画を立てます。患者さんが興奮して暴れる可能性もありますので、念のため、監視カメラも設置しておきます。

神経内科・脳神経外科
レントゲン、CT、MRI、血管撮影など、大型医療機器が必要な検査が多いため、検査室との導線をスムーズにする必要があります。また、技術進歩が著しい検査機器が多いため、将来の機器入れ替えに備えて、建物の端に設置するとよいといわれています。

整形外科
けがをしている人や関節の痛みで思うように動けない人が多く、車いすや松葉杖の使用頻度も高いことから、待合室⇒診察室⇒処置室へスムーズに移動できるように設計します。

産婦人科
有床の場合、診察エリアと入院エリアを分けること、入院エリアも分娩と産前産後の患者さんの導線を分けることが必要です。その病院のコンセプトが患者さんの病院選びの基準になるため、病室の雰囲気・食事の内容・スタッフサービスなど、個々の病院の特徴に合うデザインにします。

小児科
子どもが多く来院するため、室内空間をやさしい色合いにし、人気のキャラクターものを飾るなど、子どもたちに親しみを持ってもらう内装にします。子ども用トイレや多目的トイレ、ベビーカーの置き場所、授乳ルームなどがあると喜ばれます。

皮膚科
保険診療なら患者数が多いことが予想されるため、広い待合室や子どもが遊んで時間を過ごせるキッズルームなどが必要です。自費診療ならカウンセリングルームやパウダールームなど、患者さんのプライバシー保護と治療への満足度を高めるための施設があるといいでしょう。

眼科
目が見えづらい患者さんにも読みやすいサイン計画、段差のないアプローチ、わかりやすい移動導線など、視覚的バリアフリーに配慮した設計が求められます。検査機器の多い診療科のため、機器の設置スペースなども余裕を持って考えます。

耳鼻咽喉科
他の診療科目に比べて設置数が少ないため、患者数が多くなる可能性があります。待合室を広めにとる、長い待ち時間に備えてテレビを置く、子どもが退屈しないように工夫したキッズコーナーをつくる、などの対策が必要です。

泌尿器科
診察室とは別に検査室や処置室を用意します。プライバシーに配慮し、移動の際の導線は人の目に触れにくいように考慮します。

患者、スタッフを第一に考えた設計を意識する

医療施設 設計

ここまで病院設計の基本をお話してきましたが、なによりも優先すべきは、「患者さんとスタッフを第一に考えた設計」です。
そもそも患者さんは「もっとよい病院はないか」と常に探しておられるものです。スタッフも働きやすい職場を求めており、こうした不満を減らし、施設をより魅力的に見せるために設計デザインが果たす役割は決して小さくありません。

では、患者さんやスタッフに支持される病院設計を進めていくには一体どうすればよいのでしょうか。
患者さんの要望をもっとも身近で聞いているのは現場のスタッフです。患者さんやスタッフのニーズに応えるためには、設計の初期段階から病院側の要望を細やかに汲み上げ、実現を目指す必要があります。ただし、病院側のスタッフで施設設計に関わった経験のある人は少なく、よくわからないまま設計や工事が進んでいく事例が少なくありません。また、多忙な日常業務に追われるスタッフが多いことも念頭に置くべきでしょう。
ここでは施設設計をスムーズに進めるために、病院側がムリなく設計に参加できる方法をご紹介します。

説明会の開催
病院設計では部門別にヒアリングを複数回実施し、設計者がスタッフの要望を収集していきます。当然ながら設計の段階ではまだ建物は存在せず、スタッフと設計者は図面を見ながら検討を重ねていくのですが、スタッフ側は慣れない作業のため要望があっても急には言語化できない可能性があります。
そこでお勧めするのが、ヒアリング前の説明会の開催です。建築設計事務所側から病院側へ各ヒアリングの段取りを説明会で伝え、ヒアリング時に必要な書類を事前に配布することを取り決めます。すると病院側も事前に心積もりができ、部門内で意見や要望をとりまとめ、ヒアリング時に設計者へ伝えられるようになります。

ヒアリング参加者の人選と組織づくり
ヒアリング参加者は基本的に各部門の中から、以下の基準をもとに3~5名程度選抜します。

・職場の意見を集め、設計者からの依頼に対応できる若手スタッフ
・今後、部門を牽引していく中堅スタッフ
・病院全体の方針を理解した指南役

共通ルールの周知と全体方針
病院の全体方針や今後の病院運営の方向性を踏まえた意見を言える事務方の参加も欠かせません。事務方スタッフには上層部の意見を各部門に伝え、全体の調整を図る役割が期待されます。

ヒアリングでの検討課題と検討結果の見える化
部門別ヒアリングは時間のかかる作業ですが、ここで明らかになった課題や検討内容を全参加者に情報共有することが重要です。ヒアリングを終えたものの、課題がどのように解決されたのかよくわからず、同じ議論を何度も繰り返すケースや、スタッフ側に疑問や不満が残るケースもありますので、ヒアリング結果を見える化し、周知徹底を図りましょう。

「ひとの居場所をつくる」
山﨑健太郎氏に聞く、施設計画を作る際に大切なこと

医療施設 設計

ここまで患者さんやスタッフの要望を汲み上げることの重要性や方法論をお話してきましたが、病院設計において何よりも大切なものは、やはり患者さんの視点に立つことです。病院設計では得てして効率性が求められがちですが、病院とはそもそも患者さんが暮らす場所です。特にホスピスのような終末期緩和病棟は病院と在宅の中間の役割を担うため、患者さんが一人のときも家族や友人と一緒のときも、ゆっくり過ごせる住処としての機能が求められます。そのため、ここからは快適な住処としての医療施設を設計する山﨑健太郎氏のお話をご紹介します。今回は対談形式で山﨑氏にお話を聞きました。ファシリテーターを務めた株式会社 IEDIA 取締役 チーフ・エクスペリエンス・オフィサーの黒川彰氏とのやり取りとともにご紹介します。

「ひとの居場所」とは?

山﨑氏は子どもや高齢者、障がい者のための施設設計で知られる建築家です。こうした施設は急性期病院とは求められる機能が異なり、治療よりもそこで心穏やかに過ごすこと、心地よい「ひとの居場所」をつくることが大切だとおっしゃいます。

では、「ひとの居場所」とは、いったい何でしょうか?
「人は一人で過ごすことも大切ですが、人の中にいて交流し、癒されることもとても大切です」と山﨑氏は説明されます。「実のところ、施設設計は孤立や分断を誘うものが多く、平面図だけ見ると病院と監獄はそっくりであったりします。しかし、これでは住処としてのひとの居場所になっていません」

ただし、体調が悪かったり、大きな不安を抱えている人は、誰かと元気に交流する場を求めていません。山﨑氏によると、そこで求められるのは、一人でいるけれど、近くに誰かがいて、人の気配を感じられる場所。その場にいる一人ひとりが思い思いに時間を過ごしながら、場を共有できること。その例として挙げられたのが、フランス・パリにある歴史的建造物パレ・ロワイヤルの中庭です。そこでは子どもたちが遊び、読書をする老紳士もいれば、絵を描く女性もいて、ときどき子どもたちの様子を眺めています。「一人だけど他人と一緒にいる感覚。むしろ他人に感じない。そういう感覚があるのではないでしょうか」(山﨑氏)

医療施設 設計

山﨑氏のセミナー資料:「ひとの居場所をつくる」

 

設計者はどこまで当事者に寄り添えるのか

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山﨑氏のセミナー資料:「ひとの居場所をつくる」

医療施設設計に共通する課題として、「当事者になったことがないにもかかわらず、その居場所をつくらなければならない」ことがあります。
例えば末期がんの患者さんの場合、「病院か在宅か、どちらで過ごしたいか」と尋ねると、「やはり自宅がいい」と答える方が多数派です。しかし、在宅での看取りは家族の精神的身体的負担が大きく、実際にできる人は多くありません。とはいえ、病院では家族との距離が遠くなります。そこでその間を埋める施設として、コモン型ホスピスがあります。

孤立の軽減と日常の地続きとなる終の住処「コモン型ホスピス」

ここからは山﨑氏が設計されたコモン型ホスピス「新富士のホスピス」の事例をご紹介しましょう。

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山﨑氏のセミナー資料:「ひとの居場所をつくる」

山﨑氏が手掛けられたのは、左側の3階建ての医療棟と中央の平屋のホスピス棟です。

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山﨑氏のセミナー資料:「ひとの居場所をつくる」

ホスピスが新築された場所には、もともと豊かな雑木林がありました。そこで樹木を避けるように部屋を配置し、まるで庭の中を巡るような空間をつくりました。患者さんはベッドをテラスに出して陽射しを感じられたり、庭の植物の手入れをされたり、思い思いに過ごされています。家族や友人の訪問があったときは、回廊とテラスがリビングのような役割を果たすため、ゆっくりと対話することができ、時には子どもたちがせせらぎで遊ぶこともあります。「医療施設の中に日常の風景をつくりたい」という、設計者の考えが感じられる事例です。

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山﨑氏のセミナー資料:「ひとの居場所をつくる」

山﨑氏との一問一答
~どのように思考を展開し、施設を設計するのか?

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ここからは、山﨑氏が資料施設を設計するにあたり、どのように考え、設計をしているか、対談のファシリテーターを務めた黒川彰氏からの質問に対する山﨑氏のお答えの一部を、一問一答形式でご紹介します。

設計者からクライアントへの問いかけ

――クライアントとの対話はどのように進めておられますか?
当然ですが、設計者はクライアントのリクエストを求めます。私もいろいろなところで、“どのような場所なら終の住処にふさわしいのか”という問いかけをしましたが、やはり“100人いれば100通りだから決まったかたちはない”というのが答えです。本プロジェクトでは、“見たことがないものを欲しいと言えない”とも言われました。
そうなると、具体的なかたちに向けて設計していくことはできません。ならば、もっと普遍的なひとの居場所をつくる。悲しんでいる人もいれば、受容している人もいる。さまざまな人が居場所をともにできるパレ・ロワイヤルのような場所。抽象的ではありますが、風景を共有し、誰かの存在を感じられる場所です。

設計する際に心がけていること

――設計者としてもっとも大切にしていることは何でしょうか?
設計者の思いを押し付けないことだと思います。このホスピスは竣工後3~4年を経過していますが、いろいろな使い方をされていると先生方から伺っています。その内容は私の想像とは全く異なるものでした。設計者が確実にできるのは一人の居場所をつくること。あとは自由に過ごしていただきたいと思います。

――設計者が「準備し過ぎない」ことも大切なわけですね?
準備し過ぎない。むしろ、いろいろな人がそこで過ごすことを念頭に置いて、スペースの大きさや距離感は適切に設計します。みんなで過ごせる場所はあまり具体的に設計せず、一人で過ごせる場所だけしっかりとつくっておく。設計者もスタッフの方々も当事者にはなり得ていない、という視点に立たなければなりません。

クライアントが求めるもの

――クライアントは山﨑さんにどのようなことを期待して、依頼してこられるのだと思いますか?
医療・福祉関係のクライアントさんはゼネコンが立てた計画をごらんになり、“何か違う”“でもどう違うのかわからない”と感じ、私に設計を依頼してくる事があります。医療・福祉関係は言語化されていない、はっきり要求化されていないものが多いので、想像力を持って取り組んでいくことが重要です。建築家に求められているのは、想像力だと思います。

施設設計に求められているもの

――ホスピスという施設の特性上、寿命が尽きる時間を見つめておられる患者さんに、どのような配慮をされますか?
基本的に、配慮はあまりしないほうがいいと考えています。なぜなら、僕たちがそれをするのはとてもおこがましいことなので。病院設計で紛糾しがちなことに、“ご遺体をどこから出すか”という問題があります。本プロジェクトでもいろいろ検討しました。亡くなったことが伝わらない方がいいのか、それとも拍手でお見送りした方がいいのか、人により考え方が違います。それならば、どちらでもチョイスできるように設計しておくことが大切です。建物は100年持つように力を合わせて建設しますが、100年後には人の考え方が変化している可能性がありますので。

医療施設 設計

死が間近に迫る患者さんが過ごすホスピスという場。
誰も当事者になった経験がないなか、最適解を求めて設計する建築家の思考と創造の過程がウェビナー全体から伝わってきました。