温熱環境から考える空間づくり
快適な空間を実現する空調システムと設計のヒント

快適な空間

暑くてじめじめとした湿気の多い夏、寒くて乾燥した冬。このように大きな気候の振れ幅を持つ日本で、人々が心地よく健康に過ごすためにも、空調設計の重要性は増す一方です。
今回は空調設計の基本を振り返ると同時に、快適な空間を実現する空調システム設計について、温熱環境や空調システムを研究テーマとされている日本大学理工学部建築学科の井口雅登助教に、お話をいただきました。

  • お話を聞いた方

  • 井口 雅登
  • 日本大学 理工学部建築学科
    井口 雅登 助教
    博士(工学)、一級建築士、気象予報士。1977年、神奈川県生まれ。2000年、日本大学理工学部建築学科卒業。2002年、同大学院理工学研究科博士前期課程建築学専攻修了。東京電力株式会社入社。2009年、東京大学大学院工学系研究科受託研究員(兼務)。2015年より日本大学理工学部建築学科で現職。2021年、2023年、日本女子大学家政学部住居学科非常勤講師(兼務)。研究テーマは住宅の温熱環境、冷暖房設備、全館空調システム、エネルギー消費のスマート化など。

快適な温熱環境をつくるには

暑さ寒さはストレス負荷が大きく、人の健康にストレートに影響を及ぼします。住宅はもちろん、住宅以外の建築物を設計する場合も、快適性を実現する空調設計が求められています。
では、人は一体どんな温熱環境を「快適」と感じるのでしょうか。
快適な温熱環境をご説明する前に、まず熱の伝わり方について、お話します。

熱の伝わり方(熱移動の三原則)

熱は基本的に温度が高いところから低いところへ流れていく性質があります。
熱の伝わり方は次の3つです。

伝導
固体の中を熱が伝わっていくものです。

対流
液体や気体に熱が伝わり、それらが移動することで離れたところへ熱が伝わっていくものです。代表的な例がエアコンで、室内の空気に熱が伝わり、その空気が移動することで温度が低いところを温めます。

放射(輻射)
赤外線を介して直接接触していないところにも熱が伝わっていくものです。焚火の火を暖かく感じるのがその一例です。

快適な温熱環境を実現するためには、上の3つの熱の伝わり方をどのように利用していくのか考える必要があります。
さらに人が「快適」あるいは「快適でない」と感じるときに関わってくるのが、「温熱環境の6要素」です。

温熱環境の6要素

温熱環境の6要素は快適な空間をつくるために欠かせないもので、「人体側の条件」と「温熱環境側の条件」があります。

快適な空間

井口助教のセミナー資料:「温熱環境の6要素とPMV」

人体側の条件:着衣量、代謝量

着衣量
その空間にいる人がどのような服を着ているのか。長袖のスーツなのか。それとも半袖のユニフォームなのか。夏と冬でどれぐらい着衣の様子が変わるのか。それにより暖かさや涼しさの感じ方が異なりますので、空調を設計する際にはその空間にいる人の着衣量を想定することが非常に重要です。

代謝量
その空間の中で人がどの程度の活動をするのか。座って事務作業をするのか。それとも体を動かして作業や運動をするのか。人の活動の程度により、代謝量は大きく変わります。空調設計では、そこで人がどのような活動をするのか、想定する必要があります。

温熱環境側の条件:温度、湿度、放射(輻射)、気流

一方、「温熱環境側」には4つの条件があります。
温度
この場合の「温度」は、その建物の中での人の周囲の気温を指します。当然ながら、気温が高ければ暑く感じ、低ければ寒く感じるため、非常に重要な要素です。

湿度
湿度は空気中の水分量を指し、同じ温度でも湿度により快適感が変わります。湿度が高過ぎれば蒸し暑い環境になり、汗が乾きにくく、不快感が高まります。「人は温度に比べて湿度に鈍感ですが、快適環境をつくるうえで湿度は非常に重要な要素」(井口助教)です。

放射(輻射)
この場合の「放射(輻射)」とは床・壁・天井の表面温度のことで、赤外線により人体に熱が伝わります。周囲の壁や床の温度が高いと人は「寒い」と感じやすくなりますし、逆に低いと「暑い」と感じがちです。例えば、焚火の炎に手をかざすと「暖かい」と感じますが、これも焚火からの放射により、人に熱が伝わっているためです。

気流
「気流」とは空気の流れや風速を指します。気流が大きいほど体感気温が下がり、「寒い」「涼しい」と感じますし、反対に気流が小さければ「暑い」「暖かい」と感じます。

以上が「人体側の2条件」と「温熱環境側の4条件」です。
空調設計を進めていくうえでは、「まず人体側の2条件を想定し、次に温熱環境側の4条件を整えていくことが重要」と、井口助教は仰っていました。

人はどんな状態を「快適」と感じるのか

温熱環境の6要素を踏まえたうえで、次に人体と環境の熱収支についてご説明しましょう。
6要素の関係性をまとめたものが、以下の図です。

快適な空間

井口助教のセミナー資料:「温熱環境の6要素とPMV」

人が食物を摂取すると、その副産物として代謝量(M)という熱が発生します。その熱を体外に放熱することで、人体はバランスを取っています。放熱の方法には放射放熱(R)、対流放熱(C)、蒸発放熱(E)があり、代謝量(M)からそれぞれの放熱量を差し引いたものが熱収支バランス(S)となります。
S値がゼロより大きいと人は「暑い」と感じ、人体は汗をかいて放熱を促します。反対にS値がゼロより小さいと、体内で熱をつくる必要が生じます。

また、ここには前述の温熱環境の6要素が絡んでいます。
まず「温度」は対流放熱(C)に関係しており、周囲の温度が高いと空気に奪われる熱量は少なくなります。
次に「湿度」が高ければ、人体の表面にある汗が蒸発しにくくなるため、蒸発放熱(E)は少なくなります。反対に湿度が低ければ、人体表面からの蒸発放熱(E)が大きくなります。
「気流」は大きくなると、周辺の空気の対流放熱(C)や人体表面の蒸発放熱(E)を促進します。
「放射(輻射)」は放射放熱(R)に関わっており、人の周囲にある床・壁・天井などの温度により放射量が決まります。
「着衣量」はこれらの放熱をどの程度妨げるか。
「代謝量」はそもそも人体でどれぐらいの熱が生産されているか、です。

ここまで述べた要素をすべて含めて、ちょうどバランスが取れている状態、つまり、熱収支バランスが中立(ゼロ)になった状態が「快適」とされています。

温熱環境を数値化した「予測平均温冷感申告(PMV)」

快適な空間

ここまでご説明した温熱環境を数値化して評価する、PMV(予測平均温冷感申告)という指標があります。1967年にデンマーク工科大学のオレ・ファンガー博士により提唱されたもので、中央値の中立(ゼロ)を「快適」と評価し、これに「寒い(-3)」「涼しい(-2)「やや涼しい(-1)」「やや暖かい(+1)」「暖かい(+2)」「暑い(+3)」を加えた7段階で温熱環境を評価します。
井口助教によると、「一般的に、人が快適に感じるのはPMVが±0.5以内とされています。ですから空調を設計する際は、PMV±0.5以内を目指す必要があります」とのことでした。

さらに、その空間にいる人が温冷感についてどれぐらい不満を持っているのか表した数値に、「予測不満足率(PPD)」があります。PMVとPPDを合わせたものが以下のグラフです。

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井口助教のセミナー資料:「温熱環境の6要素とPMV」

当然のことですが、暑さ寒さが大きくなればなるほど、その空間にいる人の不満率が上がります。ちなみに、中立(ゼロ)は暑くも寒くもない快適な環境のはずですが、それでも不満に感じる人が5%程度存在するといわれています。

温度、湿度、気流、放射の変化によりPMVはどう変わるのか?
次に4要素の変化とPMVの関係について図にまとめました。

快適な空間

井口助教のセミナー資料:「温熱環境の6要素とPMV」

PMVがゼロの状態。つまり快適な温熱環境は、「温度23.5℃、相対湿度50%、気流速度0.1m/s、放射温度21.0℃」とされています。
「一般的なオフィスビルはこうした環境が多いのではないかと思います。冬場で少し暖かいと感じる程度の温度。風をほとんど感じることがない環境です」と、井口助教は仰います。
上図にあるとおり、例えば温度変化でPMV値を0.2変化させようとすれば、温度を1.3℃上げるか、0.9℃下げるか、になります。
一方、相対湿度の変化によりPMV値を変えようとすれば、同じ0.2でも+24%あるいは-20%も変化させる必要があり、湿度に比べて温度が体感に与える影響の大きさがわかります。
気流速度については、0.1m/s風速が増しただけでもPMV値が-0.2になりますので、ちょっとした風も不快の原因になりやすいようです。エアコンの風に不快感を覚える人が多い理由も、このあたりにあるのかもしれません。
また、放射温度によりPMV値を0.2変化させようとすると、-1.3℃あるいは+1.5℃床や壁や天井の温度を変える必要があり、温度とさほど変わりません。つまり、床・壁・天井など周囲からの放射温度が、室温と同じくらい人の快適性に深く関係していることが窺えます。夏の西日により壁や天井が熱せられ、西側の部屋が暑くてたまらなくなることからも、放射温度の影響の大きさがわかります。

着衣量の考え方
ここで、人体側の条件である「着衣量」と「代謝量」についての補足説明です。
「着衣量」はclo(クロー)という単位で表します。

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井口助教のセミナー資料:「温熱環境の6要素とPMV」

オフィスビルなどでは、「ジャケット+長ズボン」の1.0cloを想定して設計することが多いといわれています。

代謝量の考え方

「代謝量」はMETs(メット)という単位で表します。

快適な空間

井口助教のセミナー資料:「温熱環境の6要素とPMV」

人がいすに座っている状態を1.0metとした場合、タイピング作業時は1.1met、歩行時は2.6met、激しい運動時は5.0~7.6metとされており、その建物内で何をするのか考慮し、設計する際の基準となります。
前掲のPMVの表は、「1.0clo、1.1met」、つまりスーツなどを着用し、パソコン作業を行う状態などを想定して計算されています。

温熱環境を整えるのに最適な輻射(放射)式空調

快適な空間

では、ここから具体的な空調システムについてのお話です。

輻射式空調と対流式空調の違い

一般的に、オフィスでも住宅でもよく使われる空調機器がエアコンでしょう。エアコンは暖めた空気や冷やした空気を送風する対流式空調機器です。
エアコンのメリットは、すばやく空間を温めたり冷やしたりできること。一方、デメリットは、暖かい空気が上に移動するため室内の上下の温度差が大きく、冬は足元が冷えやすいこと。常時風を起こすため、風の当たり具合で温度差が生じやすく、不快に感じやすいこと、などがあります。
一方、輻射式の空調機器は、床下などから輻射熱を放出するものなので、上下の温度差を抑えることができます。また、空気だけを冷暖房しているわけでなく、床や壁を冷暖房しているため、外から外気が侵入するような場所でも空調効果を保つことができます。さらにエアコンのような風を生まないため、不快感が少なく、ほこりや細菌・ウイルスの拡散を抑え、衛生的であるといえます。

輻射を併用した床吹出式と対流式の比較:冷暖房実験

井口助教のご研究の中から、対流・輻射を併用した床吹出式空調と、対流式空調の違いをわかりやすく比較した実験をご紹介しましょう。
輻射を併用している床吹出式空調のメリットには、「上下温度差が少ない」「ムラなく冷暖気がいきわたる」などがあります。

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井口助教のセミナー資料:「床吹出しによる放射を併用した空調の特徴」

 

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井口助教のセミナー資料:「床吹出しによる放射を併用した空調の特徴」

この実験データを見ると、暖房時と冷房時の上下温度分布も、輻射式のほうが上下の温度差が少ないことがわかります。特に床(高さ0mm)の表面温度に注目すると、暖房時に輻射式は室温より少し高めですが、対流式は室温より2~3℃低く、「上半身は暖かくても床がひやっとする」という状態になりがちです。冷房時については、輻射式は室温と同じぐらいか1℃程度高いだけですが、対流式は室温より3~4℃高く、ここにも温度差が発生しています。

輻射を併用した床吹出式と対流式の比較:気流実験

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井口助教のセミナー資料:「床吹出しによる放射を併用した空調の特徴」

左図は床から冷暖気が吹き出すタイプの輻射式空調、右図は右上のエアコンから冷暖気が出る対流式空調で、下図は風速を表わしています。どちらも毎時300m³の空気量を送り出す性能がありますが、輻射併用式は小さな風速で空間の上下にムラなく冷暖気が行き渡っていることがわかります。一方、対流式はエアコンの吹き出し口から出る風速が大きく、場所によっては風を強く感じることになります。

輻射(放射)式空調を活用して快適な空間に

最後に、輻射式空調を活用した住宅・非住宅の事例を複数紹介いただきました。
住宅の小屋裏空間や空調室にエアコンを設置し、送風ファンで冷暖気を床下に送り込み、全館空調するシステム。さらに博物館やシェアオフィス、こども園、体育館などに同様の床吹き出しタイプの輻射式空調を導入した事例について説明があり、井口助教は、次のように総括されました。
「大きな非住宅空間の場合、空間全体を冷暖房するのは非効率です。床に近い、人がいる部分を効率的に冷暖房するだけで、人は快適に感じます。また、床吹き出し口は基本的にさまざまな場所に設置できるため、レイアウト変更にも柔軟な対応が可能です。他にも天井に空調設備が出ない、室外機をたくさん並べなくてもよいなど、多くのメリットがあります」。

いかがでしたでしょうか。これらの床吹き出しを使った空調によるメリットや注意点を把握した上で、ご自身の設計に取り入れていただいて普段の業務で活用していただければと思います。
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