設計者こそ考えたい 被害報告から見る耐震天井の重要性

地震多発国の日本において、建物の「耐震化」は非常に重要なテーマです。特に天井材は脱落による人的被害の危険性が高いにもかかわらず、耐震化が不十分な施設が少なくありません。
そこで今回は「耐震天井」をテーマに、能登半島地震の現地で施設の被害状況を調査された日本耐震天井施工協同組合(JACCA)の塩入徹氏に、耐震天井の設計ポイントや関連する法令などについて、レクチャーしていただきました。
お話を聞いた方
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日本耐震天井施工協同組合(JACCA)
技術参事
塩入 徹 氏
日本耐震天井施工協同組合 技術参事、公益社団法人全国公立文化施設協会 コーディネーター。
地方自治体および教育委員会、建築士事務所協会、建築士会等を対象とした天井に関する講演多数。JACCA 天井耐震診断士認定講習会や耐震天井施工研修会等の講師を務め、耐震天井に係る技術者を育成している。
令和6年能登半島地震における天井の被害について
2024年1月1日、能登半島に最大震度7の揺れをもたらした令和6年能登半島地震では、多くの方が利用される施設で天井の被害が報告されました。塩入氏も現地入りし、さまざまな天井被害の事例を調査されました。
被害事例①音楽ホール
実は被害事例の中には「下から見ても被害がわからない」ケースが少なくありません。写真①の音楽ホールもそのひとつです。下から見上げても全く損傷が見当たらないことから所有者・管理者も安心されていたのですが、実際に天井裏を点検してみると、天井材を吊る吊りボルトの変形・外れ・破損やクリップの外れなどが確認できました。
■写真①

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
被害事例②体育館
天井材が脱落した体育館(写真②)は避難所としてはもちろん危険な建築物として使用できないため、「むしろ、その方が一般の人が建物に入れず安全」(塩入氏)だといいます。塩入氏が天井裏を確認されたところ、鉄骨でできたキャットウォークの梯子部分のアンカーが抜け、3cmほど宙に浮いた状態でした。ブレースもビスが外れて抜けてしまっています。
■写真②

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
こうした被害状況を受けて、塩入氏は「構造設計士の方には、ブレースの構造設計だけでなく、ぜひ接合部材のビスにも神経を配っていただきたい」と強調されます。体育館の天井裏ではビスが外れたブレースが天井材に突き刺さっている様子が観察できました。塩入氏が撮影された画像からも、ブレースは座屈しておらず、接合部が破壊されたことがわかります。
「このケースでは“ビスが命”です。ビスにはJIS規格があり、直径や頭の大きさなどが決まっています。規格が決まっているからこそ品質が一定しており、品質が一定だからこそ強度試験などで正確なデータを取得でき、強度計算に活かすことができます。JIS規格以外のビスは直径が細く、強度が弱い可能性があり、そもそも材質不明で構造計算ができません」(塩入氏)
塩入氏が上記2点の事例は、「特定天井」の施設です。
東日本大震災以降、特定天井の天井脱落事例が多く報告され、これを受けて国土交通省は特定天井に係る技術基準告示を施行・改正・追加しました。しかし、「脱落事故が起きているのは特定天井だけではない」と塩入氏は指摘されます。
被害事例③武道場
例えば、写真③の武道場の天井高は6mもありませんが、天井が壊れています。武道場は球技に使われないため、体育館よりも天井高が低く設計されているのですが、避難所に使われるケースが少なくありません。2013年に文部科学省が武道場等の耐震化の通達を出しており、学校などを設計する際には注意が必要です。
■写真③

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
事務室や執務室が破損した例も。庁舎などの天井であれば、防災拠点にすることは不可能です。
「天井は吊り元が命です。吊り元が抜けたら落ちるものですので、天井裏までしっかり確認する必要があります」(塩入氏)
塩入氏が自ら天井裏に潜り、調査してこられた事例の中には、あと施工アンカーやインサートが抜けかけている事例もありました。
「最初にあと施工アンカーの抜けを見たときは、施工不良が原因かなと思いました。しかし、同じ現場で施工当初から打ち込んであったはずのインサートも抜けかけており、地震の破壊力に衝撃を受けました」(塩入氏)
令和6年能登半島地震における天井調査結果
塩入氏が今回の能登半島地震で調査された天井数は51か所。しかし、実際に天井裏まで調査できた施設は31か所に留まりました。その理由は「天井裏が見られない」「そもそも点検口がない」などです。調査できた31の天井のうち26か所に損傷を確認したため、天井損傷率は83.9%に上ります。
また、51か所のうち、特定天井は23ありましたが、耐震化されていたのは1か所のみ。さらに天井裏を点検できなかった施設も5か所ありました。建築基準法では天井裏の点検が義務付けられていますが、未実施率21.7%という結果になりました。
「耐震化されていない特定天井は、今後耐震化する必要があります。また、天井裏の点検口が設置されていない建物は法律違反に当たります。設計担当の方に、しっかりと確認していただきたいポイントです」(塩入氏)
■図①

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
法令からひもとく天井耐震対策
天井設計を設計図面に記載すべき法的根拠とは
実のところ、天井の設計は設計図書に記載されていないケースが大半だといいます。一般的な天井は吊りボルトを900ピッチで設置して天井材を吊り下げますが、「具体的に記載されている図面を私はほとんど見たことがありません」(塩入氏)。図面には「特記なき事項は公共建築工事標準仕様書による」と書かれているだけのケースが多いのですが、「設計士の方々はその内容を理解しないまま、この文言を記載されていないか」と塩入氏は問題提議されます。

(ア) 特定天井
(イ) 天井面構成部材等の単位面積当たりの質量が20kg/m²を超える天井(※平成25年版から記載)
(ウ) 傾斜、段差、曲面等の水平でない天井
(エ) システム天井 「例えば5階建てであれば、5階の方が1階よりもよく揺れるため、より強い天井にする必要があります。そのため、標準化はできないので、標準仕様書では“除く”となっています」(塩入氏)
(イ)の天井面構成部材等の単位面積当たりの質量が20kg/m²を超える天井とは、吊りボルト、野縁受け、野縁、天井板、および天井板に直接取り付けられているスピーカーや照明器具などをすべて積算して、20kg/m²を超えていないかどうかを判断します。
(ウ)の傾斜、段差、曲面等のある天井については、体育館やプールなどでよく見られます。音楽ホールの天井はギザギザ形状が多く、水平ではありません。
(エ)のシステム天井はメーカーにより仕様が決まっています。
上記の天井を「除く」わけですから、設計者が特別に設計し図面に記載する必要があります。
■図②

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
公共建築工事標準仕様書とは別に図解入りで公共建築工事標準仕様書をより詳細に解説した建築工事監理指針がありますが、そこには斜め補強の図が掲載されています(図③)。しかし、この斜め補強は耐震用のブレースではなく、あくまでも施工用の補強部材で、「これを耐震補強と勘違いされている設計者がいまだにいらっしゃる」と塩入氏は指摘されます。(10)の「天井下地材における耐震性を考慮した補強は、特記による」という文言に注意が必要です。
■図③

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
建築基準法改正に基づき、特定天井の設計・施工方法などが明確化
ここで、建築基準法の記載について、ご説明します。
建築基準法施行令第39条第1項には、「屋根ふき材、内装材は、風圧並びに地震その他の震動及び衝撃によって脱落しないようにしなければならない。」とあります。
この第1項では特定天井については触れられていません。また、 “脱落しないように” と書かれているものの、その方法については何も記載がありません。そのため、誰も対策を打たないことが以前から大きな問題となっていました。ところが、東日本大震災で天井が落ちて死亡事故が起きたことから、国は第3項、第4項を追加し、特に人が亡くなる危険性の高い危険な天井を「特定天井」と名付け、建築基準法に特定天井の構造を定め、劣化防止の措置をした材料の使用を義務付けました。
さらに最大の変化といえるのは、国が特定天井の試験方法と評価方法を定めたことでした。

2013年に国土交通省が発表した「建築物における天井脱落対策に係る技術基準の解説」には、特定天井の試験方法や評価方法および設計手法、施工方法などが定められています。
「とても厳しい基準が設けられており、この内容を知らなければ耐震設計も設計監理・施工管理もできません。上記の法律の解説本も刊行されており、JACCAも作成に協力しました」(塩入氏)
ちなみに、上記の法令は2014年4月1日以降に着工される現場に適用されており、改修工事や法律改正以前の建築物には適用されません。そのため、いまだに大地震のたびに天井が落ち、今回の能登半島地震でも2人の重傷者が出てしまいました。
■図④

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
また、法改正以前の建築物に対して、国は2015年に建築基準法第12条を改正し、「特定建築物 定期調査業務基準」が定められました。これにより、天井裏まで定期的に点検することが法律で求められるようになりました。
新築建築物における特定天井の設計・検証方法
特定天井の設計方法については、図⑤の3つのルートで設計・検証するよう、2015年9月に国土交通省が定めました。
・仕様ルート
・計算ルート
・大臣認定ルート
上の3つのルートのうち、JACCAではもっとも現実的な「計算ルート」を認定しています。
図⑤は国土交通省が2013年9月に発表したものです。図⑤の上段に特定天井の定義が並び、左端には特定天井以外の天井であっても「設計者の判断により安全を確保」とあります。
■図⑤

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
■図⑥

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
特定天井の例としては、一部分の天井高が6m以下でも、その部分以外で6m超の天井高が200m²超あれば、特定天井になります。映画館や音楽ホールは階段席になっていて、後方は天井高が低いですが、ひと続きであれば特定天井になる可能性があります(図⑥)。
前述の「建築物における天井脱落対策に係る技術基準の解説」には、特定天井の安全な構造方法として、下の部分モデル図が掲載されています。
■図⑦

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
図⑦にあるV字状の斜め部材について、塩入氏は「JACCAが法律制定以前から推奨していたもので、V字状以外の斜め部材の設置方法をJACCAは認めていません」と説明されます。
既存建築物における天井の耐震改修方法
しかし、2016年の熊本地震発生後、国土交通省は天井被害の状況を見て、既存の建物(庁舎、学校、医療施設、公民館、駅など、地震後の対策拠点や避難所になり得る施設、固定した客席を持つ劇場、映画館、集会場などの施設)は対策の促進を図る必要があると技術的助言にて通達。既に用意されている補助制度を再度紹介し、「天井の耐震改修事例集」も作成し公開しました。
「天井の耐震改修事例集」にはA~Gの7種類の改修方法が掲載されています(図⑧)。主流といわれるのはC、D、Eの方法で、いずれも既存の天井を撤去して行う工事です。Fに「既存補強して耐震天井へと改修」する工事がありますが、塩入氏によると「改正建築基準法に適合させて正しく耐震化するには、撤去・再設置よりもコストがかかり過ぎて現実的ではない」といいます。
■図⑧

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
防災拠点になり得る施設の設計者が知るべきこと
また、法律ではありませんが、熊本地震後に国土交通省は特定天井に係るガイドラインと資料を発表しました(図⑨)。
左側の「防災拠点等となる建築物に係る機能継続ガイドライン」は国土交通省で法律を策定する建築指導課が作成したものです。その内容に、「建築基準法は最低基準であって、構造設計では防災拠点になる建築物に建築基準法の1.25倍もしくは1.5倍の構造耐力を求める」とあります。
「つまり、天井のブレースの数も増やす必要があるということです。庁舎、避難所、学校、病院など、防災拠点になり得る施設を設計する設計者は、このガイドラインを理解し、施主に説明する必要があります」(塩入氏)
右側の「建築設計基準」「建築設計基準の資料」では、「天井高6m超であれば他に条件はあるものの200m²以下でも建築設計基準の資料に書かれた方法で天井の耐震化を行う」とあります。
また文部科学省では天井高6m超、かつ面積200m²超という特定天井よりも耐震改修を行う天井の範囲を広げ、天井高6m超、または面積200m²超という通称「または天井」の武道場等までが耐震改修の対象とされました。「これは仮に天井高が3mしかなくても、面積が200m²超あれば、告示の耐震天井にしなくてはいけないという意味です。つまり、これらの基準を知らなければ、防災拠点となるような建物の設計はできない、ということになります」(塩入氏)
■図⑨

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
震度7の揺れでも落ちない天井を目指して
これまでの天井耐震化の流れを受けて、「今や特定天井だけを耐震化する時代ではありません。特定天井以外も耐震化する時代です」と、塩入氏は強調されます。「しかも、特定天井の法律は震度5強までの地震を想定していますが、今後は大地震をターゲットとし、震度7でも壊れない天井を目指さなくてはなりません」(塩入氏)
2019年6月17日の国土交通省「建築設計基準」改定には、「建築非構造部材は構造体の層間変形に対する追従性及び地震力に対する安全性を確保したものとする。」という一文があります。
大地震が起きると構造体が動き、天井は構造体の変形に追随するため、ぶつからないように隙間を確保します。この問題は単に天井材が軽いだけでは対応できません。熊本地震では、2kg/m²以下の軽い天井材を使った体育館で天井が落ちた事例がありました。要は建物が動いても追従する天井にする必要があります。
上記と同日に発表された「建築設計基準の資料」(図⑩)には、「天井は大地震動に脱落しないようにする」とあります。また、「できる限り同一の高さとし、複雑な形状とならないようにする」とありますので、庁舎などによくある議場のオシャレな天井はできないことになります。さらに、天井高6m超の天井や、特定室及び機能停止が許されない室については、耐震化が求められています。
■図⑩

塩入徹氏「能登半島地震における天井被害報告と耐震対策」より
「特定室は面積や天井高に関わらず耐震化し、その方法も定められています。正しい耐震設計を行うためには、基本設計が重要です。さらにJACCAの天井耐震診断を受けていただくことで、前述の7種類の工法から可能な工法を割り出し、その耐震診断報告書から設計士が長所・短所、工期、予算などを弾き出すことができます。そこが基本設計の重要な仕事になります」(塩入氏)
天井耐震化の普及に向けて、塩入氏は「どのようなことでも構いませんので、JACCAにお気軽にお問合せください」と講演を締めくくられました。
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