【前編】公共施設への地域産材活用の新たなアプローチ(設計コンセプト編)

地域産材

八代市役所 本庁舎|熊本県

国内最大規模のCLT構造採用の庁舎建築

2016年4月に発生した熊本地震により損壊した八代市庁舎。震災復興プロジェクトとして建て替えが進められ、震災発生からおよそ6年後の2022年1月に新庁舎が完成しました。

震災の経験を踏まえ、「災害に強い庁舎」がコンセプトの軸となった新庁舎建設。「より安全で、安心な庁舎の実現」を前提としながらも、八代産杉材を使った大規模なCLT構造ユニットの採用など、地域性をふまえた新たな試みが取り入れられ、庁舎建築が目指すべき新たな姿が提示されています。

本記事では、新庁舎の設計を手掛けた株式会社久米設計の伊藤上級担当役員へのインタビューを通じて、八代市新庁舎の設計コンセプトや、地域産材活用がもつ可能性に迫ります。

  • お話を聞いた方

  • 伊藤 彰 氏
  • 株式会社久米設計
    上級担当役員
    設計本部 兼 第4建築設計室 室長
    伊藤 彰 氏

【前編】庁舎の設計コンセプト編 ~災害に強い庁舎を目指して~

●「安心・安全」と「地域性」の両立を体現した新庁舎

-新庁舎の設計コンセプトは?

久米設計 伊藤 氏
熊本地震の損壊による建て替えということで、「災害に強い庁舎の実現」がプロジェクトの軸にありました。被災経験を踏まえ、災害対策に万全を期した庁舎にすることが大前提でした。

防災というテーマは、本プロジェクトに限らず建築業界全体として阪神淡路大震災以降、連綿と続いているテーマです。防災拠点として考慮すべき要件は、「地震に強い」という建物の安全性の確保はもちろん、「インフラを断絶させない」「災害時の施設の使い方」など様々ですが、この安全性についてはいくつかの課題もあると感じていました。

その一つが、ホールや市役所執務空間などの大空間における天井の崩落です。特に、東日本大震災の際、全国で吊り天井の崩落被害が相次ぎました。その後、天井の耐震基準が見直され、高さ6m、面積200m²を超える場合は「特定天井」という特殊な耐震基準を満たす必要があります。

天井の耐震対策としては、これまでも構造体を露出させる無天井化や、吸音性を鑑みた膜天井の採用といったことを試みてきました。今回の八代市庁舎の設計においても「想定外を想定する」を合言葉に、さらなる安全性を求めた設計を模索しました。

地域産材

2F通路・市民フォーラム。大空間ながら要求される基準以上の安全性を追求

-地域産材を活用したCLT構造の採用理由は?

久米設計 伊藤 氏
八代市は古くから林業や木材業が地域産業でした。そして、八代城跡に隣接しているという歴史的背景やまちの景観を考えた際、「一般的な鉄やコンクリート主体の建築が、この場所に建つことがふさわしいのか」と思い、地域らしさを獲得しながら、目指すべき防災面での性能を両立したCLTによる無天井化がアイデアとして浮んだのです。

一方で留意した点が「木材と建築の大きな視点での融合」でした。一般的に建築での木材活用というと仕上げ材での採用が多くなります。「地域産材の活用」とうたいながら、その多くが表面仕上げ材のみの活用にとどまってしまっているのです。そこで今回は、木材活用を表層的な部分にとどまらず、木材が本来持つ意味や可能性をより拡大し、構造体などにも組み込むチャレンジをしたいと考えました。

近年、CLT(Cross Laminated Timber)構造が普及しはじめ、木造の建築や空間の可能性を拡大させたと感じています。そこで八代市庁舎では仕上げ材にとどまらず、天井や床の構造にもできる限り八代産杉材のCLTの採用を考えるに至りました。

八代産杉材を表層デザインのみならず、構造体としても融合できれば、これまでにないコンセプトの市庁舎建築になる。そしてそれは単なる木質化にとどまらず、建築としての裏付けや合理性が満たされたものになる。これが新庁舎で目指したコンセプトでした。

地域産材

2~5階の大空間の天井と床の一部に、八代産杉材を活用した大規模なCLT構造を採用

-新庁舎のコンセプトに対する八代市の反応は?

久米設計 伊藤 氏
八代市には非常に前向きにとらえていただきました。今回は床と天井のCLT構造にチャレンジしましたが、原木として使用した杉は約5,300m³にものぼります。実際のCLT構造体としての使用量は約1,300m³となり、日本でも最大規模のCLT構造となりました。市民が多く行き来する1、2階の大空間(市民窓口と執務エリアが集約)の天井の一部と、オープンフロアの大空間となる執務空間の約7割の床がCLT構造です。

実はこれだけの物量の木材調達の後押しは、森林振興を掲げる八代市自らにおこなっていただきました。建設工事の入札の数か月前から、市内の森林組合に八代市自ら杉材を発注し、その杉材を支給していただいたのです。ストックの無い状態からこれだけ多くの材料を発注したケースは過去にありませんでした。これだけの後押しを得られたのも、八代市が新庁舎のコンセプトに賛同いただけたからだと思うと、非常に感慨深いです。

市庁舎の中でも特に市民の目につく大空間でCLT構造を採用できたこと。また、八代産杉材で市民の安全・安心を確保するという、地域性も表現できたこと。その意味で八代市ならではの庁舎建築になっていると思います。

地域産材

CLT構造体としての杉材使用量はおよそ1,300m³。日本でも最大規模のCLT構造

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