ニューノーマル時代の公共施設のあり方を探る 想像力を働かせて先を見据えた「がらんどう」を作る

古谷 誠章

新型コロナウイルス感染症の蔓延は、これまでの建築のあり方に転換をもたらしたといえるかもしれません。
職・住の空間や場所、あるいは人と人との「繋がり」は感染症が収束した後どう変化するのでしょうか。
社会的要請の変化に、建築や街は如何に答えていけばよいのでしょうか。
そのヒントを探るべく公共空間のあり方を研究されている建築家の先生方にお話しを伺いました。

  • お話を聞いた方

  • 古谷
  • 早稲田大学教授
    古谷 誠章 氏
    第8回吉岡賞、日本建築家協会新人賞、日本建築学会賞(作品)、日本芸術院賞、日本図書館協会建築賞、日本建築美術工芸協会賞、日本建築大賞などを受賞。
    著書に『がらんどう』『「マド」の思想』『建築家っておもしろい』など。
    有限会社ナスカ代表取締役。2017年より日本建築学会会長。

建築家の仕事とは「出会いの場」を作ること

新型コロナウイルスという想像を超えた脅威によって、建築についても色んなことを考えさせられました。しかし建築家の仕事は変わりません。私が考える建築家の仕事とは、昔も今も建物を作ることによって、「人々が出会う場所」を作ることだと思っています。
人と出会う意味とは、大げさに言えば、自分以外の人の個性や知識などに触れること。人は人生を歩むなかで、未知なる人と出会って、色んな経験を積み、刺激を受けます。そんな中で出会いが人を幸せにします。そのための「場所」を作ることが建築家のもっとも大切な使命だと思います。今は、リモートを通して出会うこともありますが、その時でもそれぞれ人のいる場所には建築があり、建築物の中で出会います。ただ、仮想空間の出会いでは、本当の意味での出会いにならない気がします。実体のある建築物を介した出会いにこそ、意味があると思います。

建物はどこまで感染症に備えるべきか

古谷 誠章

早稲田大学の古谷研究室では「次世代医療研究会」「木質空間研究」など様々なプロジェクトがあり、活発な研究活動が行われている。

コロナ禍では人と人が直接出会うことが難しくなり、人が集まる建物にも衛生対策が求められるようになりました。とりわけ換気性能が十分でない建物には、対策が必要になるでしょう。

換気は窓を開けるという単純な方法もあれば、十分な換気回数と気流の流れをシミュレーションして、感染が広がらないような換気を自動で行う方法もあります。

ただ、元来建築はもっとすき間だらけのものでした。高気密、高断熱が徹底され、ここまで密閉された空間になったのはごく最近のことです。昔は気密性の低さが当然だったので、自ずと自然通風がとられ、その分寒かったり暑かったりしましたが、寒くなれば窓を閉め、暑ければ開ける、快適に過ごせるように自分たちで調節していました。

今は、自動で快適性を調節できますが、窓を開けたほうがいいと思う時に開けられる、柔軟性を持った空間が少なくなったと思います。目的にぴったり合わせ、そのためには非常にいい空間ですが、ちょっと条件が変わると調節しにくい、逆に言うと不自由な空間になっていると感じます。感染症に備えるためというよりも、これを機に昔のもう少しおおらかな状態を思い出し、行き過ぎたところはちょっと反省してもよいかなと思っています。

居心地のよい「がらんどう」とは

コロナ禍のようなこれまでの生活が一変するようなことが起きると、建物の変化も迫られます。その対応を考えると、改めて素朴な「がらんどう」のような建築が注目されるのではないかと思っています。「がらんどう」は私の建築のキーワード。最初から用途が限定された空間の対極にある、もっと大雑把な空間のことです。

がらんどうになっている大きな空間は、使う人が使いたいように使えます。必要なら細かく区切ってもいいし、必要なければ、開けっ放しでもいい。固く閉ざされた空間だと、いつか開けたいと思っても開けられません。

建築空間は、同じ使われ方が続くことはありません。住宅で言えば、家族構成が変化するので、用途を固定した空間ではやがて使いにくくなります。

がらんどうは一見何の変哲もない空っぽな箱のようですが、無性格な無色透明な箱ではなく、そこからは素晴らしい景色が眺められるとか、日の光が劇的に入ってくるとか、あるいはプライバシーが守られるようになっているとか、いろんな意味での空間性を持っていることが重要です。

10年後、20年後には違った人が、違った風に使うかもしれないものを作るには想像力が必要です。でも目的は一つ。いつでも居心地が良く、気持ちの良い空間であることです。

当面の目的にジャストフィットしているかどうかは、もう少し細かい設しつらえ、たとえば住む人が家具や什器で対応できます。でも空間は、居心地のいいものを建築家が最初に作らないといけません。

 

| 「がらんどう」の事例

 

住民が使い方を決められる空間
●群馬県中里村新庁舎

古谷 誠章

群馬県の中で最も人口が少ない自治体の庁舎として建てられた。竣工2003年2月。

大正11年から使っていた役場を建て直すことになったのですが、いずれ隣の大きな町と合併するだろうといわれていました。ところが、その話がどんどん進行し、建物が竣工した翌日に村がなくなりました。つまり、1日も役場として使われませんでした。

ただ当初から村役場ではなくなった時のことをイメージして、役場以外の機能を持たせて、住民が欲しいと思うことができる場所にしましょう、と提案していました。

古谷 誠章

壁際に設けた棚には寄贈された本が入り、図書館として使われている。

役場の機能は全部最上階に集め、下は大きながらんどうの空間にしました。サークルの練習会場や展覧会、映画会など、ホールとして使えるようにして、一画には本棚にもなるような棚を設けました。村役場として使われないことが分かると、村の出身の人が「それなら、この棚に本を寄付します」と言ってくれ、だれも企画していなかった村の図書館が1日でできたのです。

遅かれ早かれ、村役場ではなくなるということを考え、第二の人生をめがけて設計した結果、がらんどうになりました。建築家と地元の子どもたちが一緒になって、この建物が将来どうなるかと想像力を利かせた賜物です。皆、すぐに次の使い方ができました。

この事例は今からもう20年前のものですが、コロナ禍においても参考になります。使う人が使いたいように使える空間。しかも窓を開けられるようになっていれば必要な換気ができ、単に快適なだけではなく、感染症に対しての脅威も減らせる環境を作れると思います。

古谷 誠章

1階は大きなホールで、当初から集会場としても使えるように考えられていた。

区切らないことで、みんなが広々使える空間
●小布施町立図書館「まちとしょテラソ」

古谷 誠章

屋根が特徴的な外観。山なりの形状で、周囲の山々とも調和している。

敷地の制約から三角形の図書館です。住民からの要望は「子ども用と大人用のコーナーに分けてほしい」ということでしたが、スペースを区切ると、皆狭くなってしまう。皆がのびのびと、一つ屋根の下にいられるようにワンルームにしました。

これも大雑把な造りで、真ん中に柱が三本しか立っていないので、将来模様替えがしたくなったきでも、自由に変えられます。

子どもたちが騒がしくするのではといった懸念もありましたが、他の人が静かに読書をする中では、自分たちだけで我が物顔で騒がなくなります。赤ちゃんとお母さんが来る時間もありますし、お年寄りが談笑している時間もあります。要するに、ここは上手にタイムシェアリングができているのです。ワンルームだからこそ、その都度そこにいる人が空間全部を広く使えます。

古谷 誠章

間仕切りを必要最小限にとどめ、館全体がひと繋がりの大きな空間になっている。

町の機能を集めて、多世代交流を実現した空間
●北海道沼田町「暮らしの安心センター」(暮らしの保健室、診療所、デイサービス等)

古谷 誠章

施設維持に経費のかかっていた町内唯一の病院と高齢者向けのデイサービスを再編し、加えて地域住民の「暮らしの保健所」やコミュニティ・カフェなどからなる「地域あんしんセンター」を1か所に集めた複合医療施設です。

普通なら診療所、デイサービス、暮らしの保健所は三棟に分けて建てるところですが、私たちはその三棟を一棟にまとめて、その中を「道」が通り抜けられるように提案しました。寒い地域なので、「道」と言っても屋内です。雪に閉ざされた時でも交流の場所になるよう「なかみち」と名付けました。

発想のベースは「次世代医療研究会」で考えていた総合複合医療施設です。医療・療養施設を、住民同士のコミュニケーションが図れる「大きな家」のように考えました。どういうことかというと、診察を受けるだけが目的ではない医療空間です。たとえば診療所の待合室は、ただ診察を待つ空間とするのではなく、住民交流の場にもなり、高齢者だけではなく、診療所なら子どもも来るから、世代を超えて交流できる空間にしたのです。

「なかみち」から一歩入ったところは診療所の待合室です。いわゆる中待合。総合待合はなかみちに開いていて、ここには診察しない人でも入れます。

医療施設の対策を施すことで複合施設として機能する

古谷 誠章

診療所の待合(平面図A)。

ただし、診療所や高齢者施設が1つの棟にあることは、衛生対策では最大のリスクになります。とはいえ、ドクターやナースがいる場所なので、リスク管理は徹底できます。

インフルエンザやノロウイルスの衛生対策は、診察室に入ってすぐのところに、予備の診察室を設けました。普段は二週間に一度、皮膚科の診察室になります。感染症を疑われる人が来た時には、手前にあるので受付からも案内しやすい。もちろん感染が広がらないように独立した換気系統をつけ、陰圧になるようにしました。

そういう専門的な対策を講じることで、医師から高齢者施設と一緒にすることを認められました。それこそが想像力。どんなことが起きるかを想像できれば、解決できます。

「なかみち」にはベンチを配しました。美術館は作れませんが、通り道の脇にはピクチャーレールを通しているので、絵も飾れます。本棚のようなスペースも作ったので、いずれ図書コーナーができるでしょう。この先、どのような使われ方をしていくか楽しみです。

古谷 誠章

「なかみち」の空間(平面図B)。地元北海道のトドマツが使われている。

古谷 誠章

人を守りながら、人本来が持つ 能力を損なわない建物

すべてきっちりと用意されたものを使うことに慣れ過ぎると、人間が持つ使いこなす能力が鈍ってきます。頭を使って創意工夫で使いこなすことは、自分の健康を守り、危険から身を守る上でも大切な能力です。建築家がそれをあまりスポイルしてはいけないと思っています。
より良い出会いの場を作るという使命は変わらず、変化に対応しながら、人との交流を支える建築を作り続けたいと思います。

 

  • ●地域産材の活用が広がる公共施設

  • 古谷

  • 建築はその土地にあるもので作るのが理想だと思います。地域産材を使うことは、地域の資源(木材、人材)の活用になり、大きな意義があります。木質材を使うメリットとして、驚くべき調査があります。インフルエンザによる学級閉鎖の発生率を、3つの構造(①鉄筋校舎、②鉄筋だが内装は木質化した校舎、③木造校舎)で調べてみると②と③では発生率が低く、③木造校舎の方がより低い結果だったそうです。一方、①鉄筋校舎は桁違いに高くなりました。要するにインフルエンザに罹患した児童が多かったのです。その原因を研究していますが、どうやら日頃の子どもたちや先生のストレスの違いではないかと考えられます。日頃からストレスフリーの環境で生活するか否かで、インフルエンザに対する抵抗力がかなり違ってくるのではないかと考えられます。私たちが手がける建築物でも、極力地域産材を生かすように考えています。

 

  • 古谷

  • 山鹿市立鹿北小学校(熊本県)
    地場産の木を使用し、製材も地元で、建てるのも地元の大工によって作られた校舎。大断面の集成材にすると、地元の木材を調達しにくくなり、組み立ても大型の重機が必要になるため、一般流通材で地元の大工が作れるように考えられた。校舎という大きな空間だが、部材は中断面までの集成材でできている。

 

  • 古谷

  • 小布施町立図書館「まちとしょテラソ」(長野県)
    地場産の杉材6000本の角材を使用。公共施設なので、鉄骨やコンクリートも使いながら、内装の骨組みの一部に地域の木材を使用している。

 

●「建築家フォーラム」のご紹介
古谷誠章先生が代表幹事を務め、建築に関わる方なら、どなたでも会員になれます。専業・兼業を越えて集まり、相互交流を行っています。月に一度(2月・8月を除く)、様々なテーマで建築家の方による講演が開催されています。会費制ですが、コロナ禍をきっかけにオンライン配信も始め、こちらは無料で参加できます。最新情報はサイトをご覧ください。
https://kenchikuka-forum.com/