保育環境を改善する「吸音設計」のススメ

幼稚園・保育施設

保育空間における音の問題というと近隣への騒音対策に注目されがちで室内の音対策には、まだ関心が低いのが現状です。
快適な保育空間づくりに重要な音環境の整備について、建築音響の専門家である川井敬二先生にお聞きしました。

  • お話を聞いた方

  • 川井
  • 熊本大学大学院先端科学研究部 建築音響研究室
    川井 敬二 氏
    熊本大学大学院先端科学研究部(工学部土木建築学科・建築学教育プログラム)建築音響研究室にて生活空間の音環境の研究に従事。
    日本建築学会子どものための音環境WG主査として保育室の音環境規準づくりに取り組む。

低年齢の子どもは”聞き取る力”が未発達

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絵本の読み聞かせをしていても子どもたちが途中で飽きてしまう、大きな声を出しても伝わらない……。これら保育現場でよく見られる困りごとは、子どもの”聞き取る力”の不足が原因かもしれません。なぜなら低年齢の子どもほど、ざわざわした騒音や響きの中で人の声を選んで聞き分ける能力が未発達だから。先生の言葉が、一人ひとりの耳にきちんと届いていない可能性があるのです。
保育空間は「やかましくて当たり前」と思う方も多いかもしれませんが、子どもが”聞き取りやすい”音環境を整備することで保育の現場はもっとよくなるはずだと私は考えています。

声の聞き取りづらさを引き起こす”残響音”

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残響時間について 音が室内を反射することで「残響音」が生まれ、反射の過程で壁や床、天井などに吸収されて、音は消えていきます。そのため、室内の環境(部屋の大きさ、形状、仕上げ材等)によって残響時間は左右されます。部屋を静かにして手を叩いて、残った音が聞こえなくなるまでが残響時間、と考えて結構です。

室内で音が発生したとき、「直接音」と「残響音(拡散音)」として耳に届きます。
直接音は音の発生源から耳に直接届く音、残響音は壁や天井で反射して室内に拡散する音です。残響音が残る時間(=残響時間)が長いほど直接音がぼやけてしまい、聞き取りづらくなります。
残響時間が長いと会話にも支障が生じ、お互いが大きな声で話すようになり、その結果、全体の声量が上がりさらに騒々しくなる、といった悪循環がよく見られます。

保育現場の音環境の規準が定められている欧米諸国

残響時間の短縮には「吸音設計」が必要です。保育室における残響時間などの建築規準・規格はすでに多くの欧米諸国で定められており、吸音設計が浸透しています。たとえば”聴覚と言語の発達の段階にある0~5歳の子どもは最良の音響条件を必要としている”(*)という記述のように、低年齢の子どもほど良好な音環境を必要とすることが社会に認知されているからです。
残念ながら日本には保育室に関する音環境の規準がなく、吸音設計の必要性は建築や保育に係わる方々にもほとんど知られていない状況です。
*南オーストラリア州教育局「0~8歳の子どもの施設における建築設計規準・指針(2015)」より

●音環境の規準・規格、海外と日本の違い※

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吸音によって、子どものコミュニケーションがスムーズに

吸音の効果を検証した実験では、吸音材を設置した当初、保育施設の先生から「居心地が良くなった」などの反応は特にありませんでした。ところが、実験途中で吸音材を取り外してみたところ「大声を出すことが増えて喉を痛めた」など、音環境への不満の声が寄せられるようになったのです。一度吸音を体感したことで、音に対しての意識が生まれたのだと思います。
また、吸音材を設置した部屋では「絵本の読み聞かせを最後まで聞けるようになった」「全体的に静かになり子どもの小さな声にも気づきやすくなった」との声もいただきました。子ども同士のコミュニケーションもスムーズになり、発音の発達などへの好影響も期待できる、快適な空間を作ることができました。

●吸音実験を行った園の保育士にアンケート

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快適な音環境のポイントは「室の配置」「室形状」「吸音」

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ロックウール吸音板

良好な音環境をつくるには3つのポイント「室の配置」「寸法や形のデザイン」「吸音計画」が必要です。
たとえば音が出る部屋とお昼寝の部屋は、壁でしっかり音を遮るか、二つを近くに配置しない工夫がほしいところです。また、高い天井や大空間は残響を過多にし、ドーム天井や丸い壁など凹面は音の集中を発生させるので注意したいですね。
そして吸音。まず対策しやすいのは天井で、よく使われる「ロックウール吸音板」は比較的安価で良好な響きをつくります。
壁の吸音によく使われる孔あき板は、板を壁から浮かせて調整することが必要で、多少知識が必要です。

保育室の音環境の規準・指針を新たに設けるため活動中

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保育施設の「音」の問題は近隣の住民だけではなく、中にいる子どもたちにとっても大きな課題です。外の騒音を防ぐため、また外に音を出さないために窓を閉め切ることもあり、吸音を考慮しないと音が響きすぎて騒がしい空間となります。
それは、長時間を過ごす子どもの健康な発育のために適切でないことはもちろん、先生方にとっても負担の大きい労働環境となってしまいます。
いま私たちは日本建築学会が刊行する「学校施設の音環境保全規準・設計指針」の改訂版に、保育室の項目を新たに設けるべく準備しています。近年は「吸音」 がもたらす保育の質の向上には保育の専門家の関心も広まりつつあり、私自身もその手応えを感じています。
今後は学会の規準・指針の浸透や、音に関しての相談窓口整備に力を入れ、子どもたちのための音環境づくりの意識を広めていけたらと思っています。

日本建築学会が発行する「学校施設の音環境保全規準・設計指針」の改訂版(2020年発刊予定)には、保育室の音環境規準の項目が新たに設けられる。

●保育室の音環境に関する規準と設計指針

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保育空間における吸音効果の検証実験
2017年熊本県内の幼稚園にて実施
低年齢児ほど、聞き取りに対する残響時間の影響は大

室内に吸音材を設置して、3~5歳児を中心に聞き取り実験を行いました。

吸音材を用いた空間と、吸音材なしの空間で単語の聞き取りを行い、正答率を調査。
年齢が低い方が、吸音材のない空間で聞き取りの正解率が低下しています。
このことから、小さい子どもほど残響時間の影響が大きいことが分かりました。

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[建築士の声] 子ども向け施設の吸音対策には、天井材が最適です

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幼保施設の設計を数多く手掛ける 石嶋寿和 氏

家庭の室内では、カーテンやカーペットなどが吸音しますが、幼保施設では、子どもが巻きつきケガをしたり、汚したりするので使えません。
吸音する物がないので、音がダイレクトに反響します。保育室には、吸音性能のある天井材を張るのがよいと思います。以前、聴覚過敏のお子さんが入園することになり、ガヤガヤした室内音を抑えてほしいと 相談を受けたことがありました。以来、快適な保育環境のために音環境を整えることが欠かせないと気づき、「ロックウール吸音板」等を使うようにしています。

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