【第1回】色彩計画の拠り所・明るさと暗さの相対関係 ~「色彩の手帳」より~

色彩計画

2023.01.31

建築物の色選びに必要なのはセンスなのでしょうか。何色が良いか・どの色の組み合わせがベストなのかを考える際、ものの見方や考え方、環境が持つ法則などからヒントを得て、好みや感覚ではない「その建築物にとっての最適解」を導き出すことが大切です。

本コラムでは、建築物や都市の色の見方・選び方の手がかりについて、加藤幸枝著『色彩の手帳』(学芸出版社)の一部から転載した内容を3回に亘ってご紹介します。

  • 著者紹介

  • 加藤幸枝氏
  • 加藤幸枝 Yukie Kato
    1968年生。武蔵野美術大学造形学部基礎デザイン学科卒後、日本における環境色彩計画の第一人者、吉田愼悟氏に師事。トータルな色彩調和の取れた空間・環境づくりを目標に、建築の内外装を始め、ランドスケープ・土木・照明デザインをつなぐ環境色彩デザインを専門としている。東京都景観審議会及び景観審議会計画部会委員、品川区景観審議会委員、山梨県景観アドバイザー、静岡県景観懇話会委員等。

  • 加藤幸枝

  • 著書紹介

    色彩の手帳 建築・都市の色を考える100のヒント

    加藤幸枝著
    学芸出版社

    都市を構成する「色」をどう選び、設計するか。色彩計画の考え方から手法・プロセス、著名建築の測色まで、色彩計画家の経験を100の柔らかな文章と写真に凝縮した、色の見方・選び方が変わるヒント集。
    「色は難しい」と感じ、何となく・無難に色を決めがちな建築・土木設計者、景観まちづくりに関わる行政関係者必携!

考え方の拠り所となるもの

環境色彩計画が色の検討・選定の拠り所としてきたことのひとつに「建築物の基調色は自然界の基調色に倣う」という考え方があります。一方、この仕事を始めてから何度も、アースカラー=茶色・ダサい、重い、見飽きた…と多くの人に言われました。

色彩計画

写真は、本当にそういうものなのかなと思ったことがきっかけで、色彩調査のたびに各地で土や砂を拾い集めてきたものです。長くその地にあるものは、どのように組み合わせてもまとまりを持ちそうですし、色のバリエーションも十分すぎるほど多様です。その環境の基調となっている色群を、選定の根拠として位置づけていく。そして実際に完成したものが「周辺との関係性においてどのように見えているか」の検証を続けてきました。

●色の検討・選定のための条件設定

よく色を「使う」と言いますが、それは真っ白な紙面に色を「塗って」いくようなイメージが強いのかもしれない、と思うことがあります。となると、初めに何色を使うかということに対し、科学的・文脈的な根拠よりもある種「勇気」や「覚悟」のようなものが必要になり、「色を使うこと」に対する恐怖心が湧いてしまいそうです。

私は仕事を始めて間もなく「現実にはまっさらな状況(環境)はないのだな」ということを痛感しました。住宅の外装色ひとつを選ぶ場合でも、サッシの色がすでに決まっていたり、既製品のカラーバリエーションが少なく、組み合わせの中で色を考えざるを得なかったり。どの計画にも必ずさまざまな前提条件があり、その条件というフィルターを重ねていくと、自ずと色の選択の幅が「絞られてくる」ということを実感しました。

このように色彩計画は常に「ある条件の元」で考えています。それは「色を使って新しい景色を創造する」というよりも「色彩『計画』を実施することにより、どのような見え方をつくり出せるか」という実験的な意味合いが強くあります。

計画においては確かに色を使ってはいますが、いたずらに多色や印象的な色を使うことが目的ではありません。

たとえば配色の教科書には、ベースカラーとアクセントカラー等の組み合わせが示されていたり、調和ある配色の事例が示されていたりします。教科書ゆえ、正解であることには間違いないのですが、上記のようにすでにある色との関係性が加味されていないと、配色の効果が適切に発揮されない場合が少なくありません。

この色が・この状況でどう見えるのか。まずはそのことを意識した方が良い、と考えています。

明るい「印象」はどうすればつくれるか

色彩計画の依頼では、とにかく・できるだけ明るくしてほしい、と要望されることがよくあります。ところが全体を均質に明るく(白く)しただけでは、明るく見えない・感じられない場合が多くあります。

明るさ・暗さは周辺の状況によりつくり出される相対的な印象ですから、高明度色が常に明るく見えるわけではありません。光量が少ない(弱い)場合には、比較する対象がないと明るい色でも暗さを感じやすいのです。ならばどのような光の状況でも「明るい印象」が生まれるよう、明るさを引き立てる色(明度差のある色)を組み合わせると効果的だということがわかってきました。

●改修前

色彩計画

●改修後

色彩計画

写真上段(改修前)の白と、下段(改修後)の白は、ほぼ同じ明度です。

●明るさ・暗さの相対的な関係性

明るい・暗い、という言葉は、環境や空間・状態のみならず人の性格やさまざまな事象の印象を表す言葉として用いられます。暗いという言葉には何となくマイナスのイメージがつきまとい、環境の場合には安全・安心などの性能や感情とも直結しやすいものでもあります。さまざまな機能を高める場合にはとにかく明るくしておけば安全で安心、という心理的な側面もあって、私たち、特に都市部の生活を夜間照明も含めた明るさが支えていることは紛れもない事実といえるでしょう。

一方、一定の状況や適切なコントロールがなされた環境のもとであれば、私たちは暗さを心地良いとも感じます。天井全面に地場の素材である鋳物のフレームワークを展開し、眩しさのない間接照明を多用した博多天神の地下街などはその一例といえるのではないでしょうか。電力のない屋外でも火を焚くと、途端にそこが人の集まる生活の・くつろぎの場となります。暗さがあるからこそ明るさが引き立つ、という両者の関係性は、上記のように「配色」によって証明することができます。

日々の生活の中で、私たちは明るさに過剰な役割や価値を押しつけすぎてきたのでは、と感じることがあります。色の場合は高明度色にあたりますが、白に代表される明るい色は清潔さや信頼性、現代性などのイメージと相性が良く、日本の高度成長とともに発展してきた近代都市を象徴する色ともいえるでしょう。

明るさも暗さも、人為的に環境を構成する場合は全体の光量の変化も含めた感じ方の形成が重要であり、物理的な数値や機能面ばかりに囚われすぎることは危険かなと感じています。