高齢者施設におけるインクルーシブデザイン ノーマライゼーションの違いとは?

インクルーシブデザインとノーマライゼーション

生まれつきの障がいだけでなく、けがや病気、加齢による障がいを持つ人は決して少なくありません。「バリアフリー」や「ユニバーサルデザイン」という言葉は、今でこそ一般社会にも浸透していますが、その源となっているのは1950年代にデンマークで提唱された「ノーマライゼーション(標準化・正常化)」です。現代では、この考え方がさらに進んだ「インクルージョン(包括・包摂・一体性)」に発展しています。そして、それを実践する高齢者施設にはインクルーシブデザインが取り入れられ、より良い共生を目指す環境づくりに役立っています。障がいの有無にかかわらず、すべての人が共生しやすい社会を作るデザインついて、その変遷をたどり、これからの施設に求められる在り方について考えてみましょう。

ノーマライゼーションとは 共生を目的としたデザインのルーツ?

インクルーシブデザインとノーマライゼーション

1950年代のデンマークで「どのような障がいがあろうと一般の市民と同等の生活と権利が保障されなければならない」という考え方を、行政官のN・E・バンク-ミケルセンという人物が提唱し、1959年には知的障害者福祉法が成立します。この理念は「ノーマライゼーション(身体的・精神的障がいを持った人々でも、健常者とともに可能な限りノーマルな生活を送る権利があるという考え方)」として共生社会を目指し、発展・普及していきました。
その後、障がい(バリア)をなくしていくという考え方を含む「バリアフリー」が登場し、1980年代には、「障がいを持つ人も持たない人も、誰もが使いやすいデザインを」と、アメリカの建築家ロナルド・メイスが「ユニバーサルデザイン」を提唱しました。日本では1993年に「障害者基本法(心身障害者対策基本法を全面改正)」が成立し、1995年頃からユニバーサルデザインの概念が知られるようになります。共生を目的とした誰もが使いやすいデザインは、これらの概念が提唱され、法律が定められるとともに、共生社会を実現するための一つの手段となりました。

そして「バリアフリー」も「ユニバーサルデザイン」も言葉は違えど、ノーマライゼーションの理念を具体的に推進する考え方ともいえ、今日、ノーマライゼーションは社会福祉の共通理念として世界規模で定着しています。

インクルージョンとインクルーシブデザインとは

インクルーシブデザインとノーマライゼーション

厚生労働省ではノーマライゼーションの理念を「障がいのある人もない人も、互いに支え合い、地域で生き生きと明るく豊かに暮らしていける社会を目指す」としています。現代では、この理念をさらに進めたインクルージョン(日本語では「包摂」と訳される。「誰をも排除せず、全員が社会に参加する機会を持つ」という理念)が、これからの社会が目指すあるべき姿とされています。これは国連で採択された「SDGs(持続可能な開発目標)」が大切にしている「誰一人取り残さない」という理念とも共通しています。

障がいや高齢などのハンディキャップを抱える人もそうでない人も、その多様性を含めてそれぞれの個性を社会全体で丸ごと包摂する。真のノーマライゼーションに見られる在り方とはそういうものなのでしょう。

インクルージョンを実践する手法として、インクルーシブデザインが提唱され、高齢者施設などで具現化されています。ユニバーサルデザインが主としてデザイナーの手によるものだったのに対し、インクルーシブデザインの特徴は、それまで対象ユーザーだった障がい者や高齢者自身が、デザインの過程に参加するという点にあります。ユーザーは受け手であるばかりでなく、利用者の立場からモノ作りに参画します。デザイナーとユーザーが協働して創り上げるデザイン、それがインクルーシブデザインなのです。

インクルージョンを目指す高齢者施設に求められる環境づくり

インクルーシブデザインとノーマライゼーション

急激に高齢化が進む日本では、一人暮らしの高齢者が増加しています。退職を機に外出することが減った結果、体力が低下して外に出るのがおっくうとなり、ますます外出を避けるようになり体力の低下が加速する、という高齢者の「フレイル(虚弱)」が介護の世界では問題視されていました。

高齢者は気軽に集まれる場所がなく、交流が持ちにくいという地域の意見をもとに、誰でも気軽に立ち寄れる地域カフェを、特別養護老人ホームの中にオープンさせた事例があります。週に一度、子どもから高齢者まで誰でも無料で参加可能で、個々が自由に、思いのまま過ごせるほか、季節のイベントやフレイル予防の講演会なども開催され、評判は上々のようです。

また、昨今よく話題になっている「子ども食堂」を、介護老人保健施設が開催するといった事例も出てきています。この取り組みでは施設を利用する高齢者が家族や職員以外の人と接する機会を増やすという利点と、「子どもたちが大人とコミュニケーションをとりながら食事ができる場を作りたい」という施設長の思いがうまくマッチして、さらには行政とも連携しながら実現にこぎつけたものです。

高齢者施設という「場」を使って地域の課題を解決する。住民にとっても施設利用者にとっても、新鮮な交流が生まれ、双方にメリットがあります。専門のデザイナーが「外から提案する」のではなく、利用の主体である地域住民が「内から提案する」というインクルーシブデザインの手法を取り入れたことで、利用者の微細なニーズを柔軟に吸い上げたのが成功のカギといえるでしょう。

「誰も排除しない、取り残さない」インクルージョンの理念を実践するには、誰もが安心して安全に利用できる施設であることが必要不可欠な条件です。その意味でもインクルーシブデザインは欠かせないものであるといえます。
そうしたことを踏まえて、施設に使用する建材を選別していくとすれば、誰でも交流の場に参加しやすくするため、土足や車イスでの利用を想定し、床材を傷つきにくく丈夫なものにしたり、滑りに配慮したものにしたりするなどの配慮が求められてくるでしょう。

ユーザーの視点に立つと、ものごとを違う側面から見ることができます。新たなデザインが生み出される可能性を、インクルーシブデザインは秘めているのです。

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