【第1回】木材のリラックス効果研究の第一人者が語る
「木材セラピー」

木材セラピー

木のテーブルに触れたり、木材を多用した建物で過ごしたりしていると、私たちは「心地良さ」を感じます。みなさんは、木材が人にもたらすリラックス効果に関する研究をリードしているのが、実は日本だということをご存知でしょうか。

2021年に「木材セラピー」という言葉を生み出した千葉大学環境健康フィールド科学センター宮崎良文名誉教授・グランドフェロー(医学博士)と池井晴美特任助教(博士〔農学〕)による著書の一部を、4回に亘ってご紹介します。

  • 著者紹介


    宮崎良文 Yoshifumi Miyazaki

    千葉大学グランドフェロー、千葉大学名誉教授。農林水産大臣賞(「木材と森林浴の快適性増進効果の解明」に対して、2000年)、日本生理人類学会賞(2006年)を受賞。主な著書に、「Waldbaden: The Hiking Therapy」(Weber Verlag AG, スイス, 2022年)、「木材セラピー」(創元社、2022年)、「Shinrin-Yoku(森林浴)」(Hachette,英国/創元社,日本ほか、2018年)、「森林浴はなぜ体にいいか」(文藝春秋、2003年)など。

  • 宮崎著書

  • 著書紹介

    『木材セラピー 木のやさしさを科学する』

    宮崎 良文 / 池井 晴美 編著
    創元社

    現在のストレス社会において、木材のリラックス効果に関心が高まっている。本書においては、私たちが経験的に感じ取っている「木材のやさしさ」について、科学的データを用いて解説するとともに、効果的な利用法にも言及した。さらに、著者の経験にもとづいて、「快適性の定義」「実験こぼれ話」「研究の極意」から「研究費問題」等に至るまでコラム形式で紹介した。付録として、木材を扱う現場と研究者による座談会も収録している。

「快適性」とは何か? 宮崎良文

<1> 快適性の定義

学問分野における定義は、まだ、定まっていません。読者の皆さんにとっても、快適の定義や快適な状態は異なり、十人十色だと思われますが、私は「快適」とは、「人と環境間のリズムがシンクロナイズした状態」、つまり「人がその環境と一体化した状態」であると定義しています1,2)

私が講演しているときに、聴衆の皆さんが、相槌を打ってくださったり、笑ってくださったりして、講演会が一体化していると感じたときに「快適」を実感します。コンサートや落語でも、同様ですし、音楽、絵画、ミーティングや散策を含め、日常生活全般に適用できる定義だと思っています。

哲学者の中村雄二郎も以下のように述べています3)。「『哲学とはリズムだ』とさえ言えると思うのです。例えば、非常に難解だと言われている哲学書でも、自分のリズムに合うものはよくわかります。そして逆にそんなに難しくないものでも、リズムが合わないと、うまく頭に入らないのです」。

もし、今、リズミカルに一体感を持って、この文章を読んでくださっているとしたら、筆者にとって、このうえない幸せです。

ここで、「木材との関係」について、考えてみます。前述したように、現代に生きる私たちの体は、自然対応用にできているので、代表的な自然素材である「木材」と「自然に」「勝手に」一体化します。意識することなく快適になるのです。この「勝手に」という部分は、自分の意思とは無関係に体に生じるので「生理計測」が有効となります。アンケートでは、「自然に」「勝手に」起きた変化を捉えることは難しいのです。

<2> 快適性の種類

上記したように、「快適性」に関する確定した定義はありませんが、「快適性の種類」に関しては、コンセンサスが得られています。

乾正雄4)は、快適性を2つに分け、「消極的快適性」「積極的快適性」と命名しています。宮崎1,2)は、乾の考え方を基本として、「受動的快適性」と「能動的快適性」に分け、図1に示すように整理しています。

木材セラピー

図1 「受動的快適性」と「能動的快適性」1,2)を改変

「受動的快適」の目的は、マイナスの除去です。個人の考え方や感じ方の違いが入ることなく、合意が得られやすいのです。そのほとんどは、暑い・寒いを対象とした温熱研究と騒音などのストレス研究となります。夏の炎天下、大汗をかいた状態で、涼しい喫茶店に入ると全員が快適になります。東京オリンピックが開催された1964年、私は、小学校の5年生でしたが、デパートを初めとして、街中の施設にはエアコンは入っておらず、テレビでは、日常的に、東京の大気汚染に関する「公害」情報を「本日のNOX濃度」などとして流していました。まだ、日本は、「受動的快適」を求めていたのです。

一方、「能動的快適」は、プラスαの獲得を目的としており、大きな個人差を生じます。本来、人は「能動的快適」を求めており、現代の社会が求めている快適さも「能動的快適」です。私は、1988年に東京医科歯科大学医学部から森林総合研究所に異動し、五感を介した「能動的快適」研究を始めましたが、快適性研究を概観しようと文献検索したときに、日本においても、世界においても、温度やストレス負荷などの「受動的快適」研究しか存在しないことに驚きました。そのとき、五感を介した「能動的快適」研究は、自分で始めるしかないと考えたことを思い出します。

現代社会において求められている、あるいは人が本来求めている「快適」は「能動的快適」です。「木材セラピー」を含めた「自然セラピー」も「能動的快適」の範疇に含まれます。

引用文献
1) Miyazaki,Y.: Shinrin-yoku: The Japanese Way of Forest Bathing for Health and Relaxation. Aster, Hachette UK Company, London, p.192, 2018
2) 宮崎良文: Shinrin-Yoku(森林浴)ー心と体を癒す森林セラピーー. 創元社, p.192, 2018
3) 中村雄二郎: 自然の不自然さーひとは共振する宇宙のなかでなぜ自然を求めるのかー. 三田出版会, 1995
4) 乾正雄: やわらかい環境論ー街と建物と人びとー. 海鳴社, 1988