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2024年3月期、当社を取り巻く事業環境はどのように変化しましたか。

この1年間の事業環境を振り返ると、国内の住宅市場は、生産年齢人口減の影響が、工事・施工キャパシティの低下という面で色濃く現れてきていると感じます。 また、資材価格や工事価格の上昇等を背景に住宅価格が高止まりする中で、実質賃金の伸び悩みもあり、住宅取得マインドが低下しており、2023年度の新築住宅着工件数は、前年度の86万戸から6万戸減の80万戸となりました。 2年続けて減少した持ち家をはじめ、前年度まで好調だった分譲、貸家も減少に転じるなど、新設住宅市場の縮小トレンドはより鮮明になりつつあり、今後もこの傾向は変わらないと受け止めています。
一方で、公共・商業建築分野については、東京・大阪・名古屋の大都市圏でオフィスを中心に各種建設プロジェクトの着工が相次ぎ、内装工事の需要は増加傾向で推移しました。 しかし、建設資材価格や労務費の上昇により、工事の採算性については厳しい環境が続いています。
海外に目を移すと、米国の住宅市況は依然として金利高止まりの影響を受けて停滞感が漂っていましたが、今年に入り回復の兆しが見えつつあります。 一方で、建材、家具の下地材としての採用が多いMDFについては、世界的な建築需要の低迷により市況価格が低水準で推移しました。

そのような環境下での、当社業績の振り返りを聞かせてください。

2023年度は、2025年を見据えた10年間の長期ビジョン「GP25」の締めくくりとなる中期経営計画「GP25 3rd Stage」(2022-2025年度)の2年目として、各種施策を積極的に展開してきました。
国内では、エンジニアリング事業が工事の需要増を背景に増収増益となりましたが、建材事業では変動費の高騰が、特に上半期の利益を大きく圧迫しました。下半期は、お客様の多大なご理解の下、価格改定が徐々に浸透してきたことにより、利益の回復へとつなげることができました。
海外事業については、2023年3月期までは当社業績を大きく牽引してきましたが、素材事業の主力製品の一つであるMDFの収益性低下の影響に加え、北米の住宅市況の低迷、さらには、これまで連結子会社としていた米国Pacific Woodtech Corporation社(PWT社)が2022年8月に持分法適用関連会社に移行した影響もあり、前期までとは対照的に業績にブレーキがかかりました。その結果、2024年3月期の売上高は前期比8%減の2,106億円、営業利益は同40%減の59億円、親会社株主に帰属する当期純利益は同61%減の39億円の減収減益となりました。

2025年3月期の事業環境はどのように見ていますか。

2025年3月期に向けては、特に物流と建設工事の二つの分野における事業環境の変化に対処する必要があります。
変化の起因となるのが、国内の物流・建設業界で働く方々の時間外労働に対する規制がより一層強化される「2024年問題」です。物流面では、南北に長い日本列島をこれまでのように一気に配送することが難しくなる中で、大きさ・形状などから運搬しづらい商材である建材を、物流費の高騰にも対処しながら効率的に配送することが求められます。以前から進めてきた物流システム改革に加えて、物流も見据えた生産体制の最適化が必要不可欠と認識しています。
建設工事の分野では、残業規制の強化に加えて建設工事業に従事される方々の高齢化による人手不足も問題となっています。旺盛な工事需要に対処していくためにも、グループ8社の工事関連会社のみならず、協力会社様における処遇や働く環境など、多角的な改善を進めてまいります。

2025年3月期の重点的な取り組みを聞かせてください。

前述した二つの事業環境の変化に対応しながら、同時に、これまでの「モノ売り」だけでなく、設計・工事も含めた一気通貫での「コト売り」提案も進めてまいります。
当社は、「音」「空気」「におい」など、住環境の困りごとにアプローチできる、機能性の高い素材・建材を数多く取り揃えており、同業他社との差別化を図っています。また、空間においてそれら素材・建材の機能がどれだけ発揮されているのか、より効果的に発揮するためにはどのように設置すべきかといった、測定し、設計するノウハウを有していることは、当社の大きな強みであると自負しています。オフィスやクリニック、宿泊施設など、人が多く集まる場所においては、特にこうした機能へのニーズが高まっており、製品の販売だけにとどまらず、建材の機能を最大限に活かせる空間設計、工事のご提案を拡大していきます。
例えば、コロナ禍を経てリモート会議等が定着する中で、空間における音環境の快適性については、住宅・非住宅を問わず関心が高まっています。当社は1982年から40年以上にわたり、住宅分野を中心に吸音天井や防音ドアなど、音響製品の開発・製造・販売を続けており、そこで蓄積してきた技術・ノウハウを非住宅分野にも展開し、オフィス等での音環境の改善要望に向けた新たなビジネスとして、音環境ソリューション事業にも着手しています。さらにその研究開発力、技術力に磨きをかけるべく、今年1月には、岡山工場の敷地内に、音響設計の新たな開発拠点として音響実験棟の建設を決定しました。
また2024年1月には能登半島地震が発生しました。亡くなられた方々のご冥福をお祈り申し上げますとともに、被災された方々に心よりお見舞い申し上げます。能登半島地震の被災状況を目の当たりにし、改めて住宅における「安全」「安心」の重要性を痛感させられるとともに、当社が果たすべき社会的役割について深く考えさせられました。災害が頻発する日本では、耐震性能や建物の安全性に対する注目度が高まっていますが、例えば、今回の震災でダイケンハイブリッド天井を採用いただいていた施設では、建物全体の損傷に対し天井の脱落や破損が生じなかったことを確認できました。当社の技術力に裏打ちされた製品を「安全・安心な空間づくり」という視点でも広くお客様にご提案する意義を強く感じます。また、被災者の方々が避難生活を送られる体育館などは、冷暖房設備がない、または備わっていても空調効果にムラがあるとのお声も聞こえます。当社には、輻射熱を利用し空間全体に均一に空調効果を届けるシステムもあり、少子化による学校の統廃合に伴って体育館等施設の見直しも進む中、避難所としての活用も見据えた建物の在り方として、提案を強化してまいります。
2024年4月には、価値ある空間作りを担う組織として、「建装事業本部」を新設しました。当社グループの持つ「モノ」としての建材・素材だけでなく、機能性を切り口とした「コト」としてのコンサルティング、そしてそれらを設計・施工する機能を最大限に活かし、皆様の集う空間価値の向上につながるご提案を強化していきます。

伊藤忠商事グループの傘下に入りました。これまでの経緯と、それによる今後の変化について教えてください。

伊藤忠商事との関係は、当社の創業時まで遡ります。1945年9月26日、大建工業は、伊藤忠商事、丸紅、呉羽紡績などが母体である大建産業の林業部が独立することで誕生しました。以来78年の長い歴史の中で、伊藤忠商事とは相互に企業価値を最大限高め合えるパートナーとして、海外事業を中心にさまざまなプロジェクトに共同で取り組み、着実に成果を積み重ねてきました。そうした経緯もあって、2018年に改めて資本業務提携を締結し、その翌年には、伊藤忠商事の完全子会社であったカナダの単板工場であるCIPALumber社(CIPA社)と、米国のLVL製造会社であるPWT社を当社グループ化しました。
国内住宅市場が年々縮小していく中で、当社は国内ではリフォーム市場や、非住宅の公共・商業建築分野に軸足を移しています。同時に、成長が期待される海外市場での展開を見据えた場合、大建独自に事業展開を行うよりも、海外での豊富な知見と人財を有する伊藤忠商事とワンストップで迅速果断な意思決定が行える関係性へと発展させることが、当社の躍進につながると考えました。先述した北米の2社以外にも、潜在的なM&Aの可能性も含め、新事業の展開を伊藤忠商事と共に検討し始めています。また国内においても、伊藤忠商事グループの強固な不動産ネットワーク、さらには顧客基盤を活用することで、既存の製品・事業の売上拡大と同時に、快適な空間づくりを訴求するためのコンサルティング、設計・内装工事等、隣接事業への展開も進むものと期待しています。
人財面においても相互交流を活発化させていきます。今後さらなる活躍が期待されるグローバル人財やデジタル人財の確保・強化を通じた業務効率化はもちろん、多様性の拡充によるイノベーション、ひいては組織全体の強靭化につなげたい考えです。こうした人財交流の活性化は、チャレンジ精神の旺盛な社員にとっても新たな活躍の場が広がるチャンスになると考えています。建材業界の中で、大建工業の存在感を大いに発揮しながら、事業成長と働く社員のやりがい・働きがいの向上に尽力していきます。

昨年12月21日の完全子会社化に伴い、1949年5月から74年間続いた株式上場の歴史に幕を下ろしました。この場をお借りし、改めてこれまで株主として当社をご支援いただいた皆様に感謝申し上げます。また、この大きな決断に際し、私自身もお客様・お取引先様をはじめとするさまざまなステークホルダーの方々に、直接ご説明してまいりました。その中で、多くの方々に私どもの決断を理解いただき、後押ししていただけたと感じております。
伊藤忠商事グループの一員となったことで、今後、従来からの当社の強みにより一層磨きをかけ、これまで以上の価値提供ができるよう、積極的に自らを変革すると同時に、ステークホルダーの皆様から一層信頼を得られる企業へとステップアップし、お取引先様・お客様と共にさらなる飛躍に向け、ギアを上げてチャレンジしていきます。

代表取締役 社長執行役員 億田 正則
伊藤忠商事の完全子会社化への移行の背景について

これまで経営の軸としてきた「サステナビリティ」に変更はありますか。

 当社はこれまでも、そしてこれからも「サステナビリティ」を経営の軸とし事業活動を推進し、持続的な企業価値向上を目指します。創業以来、木材を余すことなく活用する技術を磨き、そしてさまざまな機能を付与した素材・建材を開発してきた知見と、サステナビリティを追求する発想や着眼点、そして技術力は、当社の最大の強みです。2022年に策定した「DAIKENサステナビリティ基本方針」に沿った事業活動を推進し、特に、木質資源については、炭素の貯蔵効果に関する定量データなども活用することで、お客様の脱炭素化に向けた取り組みにも貢献するご提案を強化していきます。
木質資源の一例を挙げると、建築解体木材などを主原料とするインシュレーションボードは、事業化して66年が経過し、現在も、畳床や建設現場の養生材等として供給していますが、環境という価値に基づく、新たな用途開発・提案の可能性はまだまだ拡大していると言えるでしょう。また、MDFに使用する接着剤については、従来の化石燃料由来のものから木質由来のものへと切り替える生産技術を確立したほか、従来の性能を担保しつつ、原材料の使用量や物流負荷の低減を実現する「低密度化」の技術開発にも取り組んでいます。

最後に、ステークホルダーの皆様に向けて一言をお願いします。

当社を取り巻く事業環境が、大きく、そして急速に変容を続ける中で、当社はその変化にマッチした「モノづくり」と、空間としての価値を向上する「コトづくり」を進めていきます。
こうした取り組みを推進するにあたって、伊藤忠商事の完全子会社となり、伊藤忠商事グループの持つさまざまな資本を活用できるようになったことの意義は大きく、他社にはない強みと受け止めています。
長期ビジョン「GP25」の実現まで、残す時間は2年となりました。2025年3月期は、まさに長期ビジョン「GP25」の総仕上げに向けた大事な1年になります。ビジョン策定当初から、社内外の環境は大きく変化しましたが、これまで強固に築き上げてきた素材・建材・エンジニアリングの事業基盤を軸に、国内住宅では新築からリフォーム・リノベーション、そして公共・商業建築などの非住宅分野へとシフトを進め、成長ドライバーとして位置付ける海外市場とともに持続的成長を図っていきます。今後もステークホルダーの皆様の期待を超える新たな価値を提供してまいりますので、変わらぬご支援を賜りますよう、よろしくお願い申し上げます。