ファンを作り、企業価値を高めるオフィスとは

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オフィスの家具デザインや空間設計などに前職で携わり、現在は武蔵野美術大学でプロダクトデザイン、インテリアデザイン、ソーシャルデザインなどを教える若杉浩一教授。オフィスの変遷やご自身が手掛けられた事例を紹介していただきながら、オフィスデザインについてお話しいただきました。

  • お話を聞いた方

  • 若杉
  • プロダクトデザイナー・武蔵野美術大学 造形構想学部 教授
    若杉 浩一 氏
    オフィス家具メーカー(株)内田洋行でプロダクトデザイン、商品企画やマーケティングを多数経験。
    2013年社内デザイン会社パワープレイス(株)を経て、2019年4月より現職。

時代とともに変わるオフィスの姿

もともとオフィスは、工場の管理部門から始まっています。1950 年頃は、生産ラインを管理する役割だったため、オフィスも工場のラインのようにデスクを一方向に並べていました。機械のように流れ作業で働き、効率的であるべき場所だったわけです。
ところが、産業構造が変化し、生産作業者より事務従事者が増加すると、工場のバックヤードだったオフィスが最前線になり始めます。生産管理をする場所が、知的財産を集めるデスクワーク中心の場所に変わったのです。これによりオフィスの進化が始まりました。
1990 年代に入ると、海外で「オルタナティブオフィス」という考え方が出てきました。情報通信技術の発達やビジネス環境の変化などに対応して、従来の働き方やオフィスのあり方にとらわれず、多様な働き方に応じたスタイルがどんどん出てきたのです。
オフィス家具メーカーも、欧米のスタイルに倣って毎年のように新しいスタイルを提案していきましたが、日本企業の働き方には合っていなかった面もあります。形だけ新しくしてもうまく機能するはずがありません。

オフィスの変遷

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1950~60年代
近代オフィスの出発点。効率的に事務作業を行うため、工場のラインと同じ一方向のデスク配置。

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1970~80年代
事務処理を効率化する機器の普及が進む。オフィスはヒエラルキー組織図を再現したような「対向式」が主流。

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1990年代
ワープロ、PC端末機の普及でOA 化が加速。ワークスタイルの変化に対応し、オフィス環境の整備が求められる。

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2000年代
ICTの進展で、定住型から在宅など非定住型の働き方も選択可能に。

オフィスは「知の交流点」であるべき

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現在は武蔵野美術大学で教鞭をとり、学生と企業との共創でデザイン思考を実践するプロジェクトを無印良品などと、推進している。

いま、オフィスで仕事をするということの意味が問われていると考えています。これまでは、デスクに縛られた働き方でした。しかし、テクノロジーの進化によって、どこでも仕事ができるようになると、会社という固定された場所に集まらなくてもいいのではないかという考えが出てきました。
しかしオフィスとは、やはり人が集まり、つながり、刺激しあいながら働く場所だと思います。それによって、偶発的に生まれてくるものがある。そういう知的生産が生まれる場所、「知の交流点」であるべきだと思っています。

これからのオフィスをデザインする3つの視点

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良品計画 本社オフィス
リノベーションにあたり、取引先やお客様にも自社の考えが伝わるオフィスにしようと計画。木のぬくもりが感じられる空間から、環境への配慮が伝わる。

これからのオフィスは、単に仕事をする場所ではなく、人が集まることによって、新しいものを生み出し、自社のファンも生み出す。つまり、企業価値を高めることができる場所であるべきだと考えています。取引先とは共創の関係を築き、社員のモチベーションを高めることができる。そのようなオフィスを私は手掛けてきましたが、この考え方を3つの視点に集約することができます。

①オフィスは企業を表現する場

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良品計画 本社オフィス
オフィス空間に国内杉を導入し、環境保全と木材の生産者サポートを掲げている企業であることが伝わる。

オフィスは、企業のコンセプトやメッセージを伝える場所であるべきです。自分たちの経営を表現する場であり、自分たちのブランドそのものなのですから、それぞれ形が違っているのは当たり前です。
ヘッドオフィスは、格好の自社表現の場だといえます。訪問者に自社の考えを体感してもらったり、メッセージを伝えたりする空間として役立てるべきです。良品計画やサントリーデザイン部は、オフィスを変えたことで企業も社員も脱皮を遂げ、新しい成長へとつなげました。これは、ただ単に新しいオフィスを用意しただけで達成できるものではありません。「どう変えたいのか」を社員自らが主体的に考えるからこそ、成し遂げられるのだと思います。
例えば、良品計画本社オフィスのコンセプトは「完成させないオフィス」です。自分たちの働き方に合わせて変えていくことができる。久しぶりに訪ねてみると「あ、ここが変わった」と、いつも変化している面白いオフィスです。以前はスチールデスクが並ぶ、一般的な流通の会社のオフィスでしたが、現在は自社のメッセージが伝わる空間となっています。
サントリーデザイン部は、それまでパッケージデザインが中心の組織でした。デザインというものは門外不出で、外に出すものではなかったのですが、新しいオフィスでどんどん出していくことを試みました。その結果、組織を越えて他の部署とつながり、自分たちのアイデンティティが明確になり、何をしなければならないかが分かるようになったといいます。仕事の幅も大きく広がりました。私たちがやったのは、社員にこれまでの衣を脱ぎ、「私たちは一体何者か」という問いかけをしながら、何がやりたいのかを引っ張り出すことでした。自由な発想でものを作るには時間がかかります。完成までに2年を要しました。

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サントリーデザイン部オフィス
社員からの発想で、コーポレートメッセージにもある「水」にちなんだ「水道管」をフレームに使ったオフィス。空間の仕切りや収納スペースを、水道管で自由に継ぎ足しできる。

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ヤマトホールディングス 羽田クロノゲート見学コース
物流の仕組みを見せるだけではなく、お客様への感謝の気持ちを伝え、ヤマトグループの付加価値サービスを紹介する施設となっている。案内役には社員を起用。社員自らの言葉で語るため、強い説得力があるという。

②オフィスはシェアする場

次に、オフィスは「交流の場」であるべきだと考えています。それは自社内や取引先だけでなく、外部の人が訪れて交流できる場としてのオフィス。そこで面白いことが生まれ、商売が生まれる魅力的な場所としていくためにどうデザインするのかがこれからのテーマだと思います。
その一例が内田洋行のユビキタス協創広場CANVAS東京です。「オフィスは自社の所有物」という概念を変え、「社会とシェアする」という考え方でデザインしています。どうシェアできるのか、どんな場をつくっていくのかがこれからのオフィスの新しい動きだと思います。
社会とシェアするという動きは大学でも起きています。武蔵野美術大学には無印良品が入っていますが、「オープンラボ」と呼ばれる開かれた空間となっています。店舗では学生が作品の展覧会や、ワークショップやイベントも開催している。それを外の人が見に来て、学生と社会がつながっていきます。学生たちが考えたものを発表し、販売し、見てもらう。それにより芸術教育に関心を持った人が「ムサビ」に入る、という循環が起きていきます。

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内田洋行 ユビキタス協創広場 CANVAS東京
内田洋行の本社にある多目的スペース。無料でホールを貸し、イベント会場として開放している。異種・多様な人が集まり、つながり、新しいビジネスが生まれる。ハードを見せるだけではなく、人が結びついていく場所である。

③オフィスはマーケット化する

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MUJIcom 武蔵野美術大学 市ヶ谷キャンパス
MUJIcomの店舗内で学生の作品展覧会などが開催され、一般の客も訪れることで空間がシェアされる。

これまでは自分たちだけのオフィスでしたから、社員が満足できればよかった。しかし会社の司令塔である本社の機能が所有型からシェア型に変わっていくなか、もっと魅力的な場所にして人を呼び込む必要がでてきます。面白いイベントがあったり、面白い人がいたりということが条件になってくると考えています。これからのオフィスはそういう形でマーケット化していくのではないでしょうか。
オフィスデザインも見た目が良ければいいとされている節がありますが、マーケット化するということはデザインだけでなく、「行きたくなる場所であるのか」「長くそこにいても気持ちがよいか」といった空間の「質」が問われる時代になります。オフィスであっても、そこにいけば美味しい食材があったり、面白いイベントがあったりといったような、魅力的なコンテンツを持つ必要があると思っています。
ご紹介してきた事例のように、オフィスデザインには、企業を目指すべき姿に変えていく力があります。社員だけでなく、取引先やステークホルダーも集まれるような場となり、知的生産を活性化して企業価値を高める、新しいオフィスの形が求められるでしょう。