ニューノーマル時代におけるキーワードは「一人の場所」と「セカンドシナリオ」

ニューノーマル時代

2022.03.28

  • お話を聞いた方

  • 宮部
  • 近畿大学 建築学部 教授
    博士(工学)・建築家
    宮部 浩幸 氏
    作品に「龍宮城アパートメント」「1930の家」「目黒のテラスハウス」など、リノベーションを多く手がけてきた。
    著作に『リノベーションの教科書ー企画・デザイン・プロジェクトー』『世界の地方創生』(どちらも共著学芸出版社)など。株式会社SPEACパートナー

一人でも居心地のよい公共空間が求められている

コロナ禍をきっかけに、人の集まる公共空間を評価する指標が変化したと感じます。これまでは「にぎわいの創出」、多くの人が集まり、活気にあふれる場にすることが重要でした。
ただ、よく観察すると、にぎわいにも種類があることがわかります。多くの人が一つの目的のために一か所に集まることもあれば、一人きりの人がてんでばらばらに集まっていることもあります。これは、一人でいるけれど、他者と空間を共有しているような状況です。公園がわかりやすい例です。本を読んでいてもいい、ボーっとしていてもいい。この「一人きりでいる」ことは、今まであまり注目されていませんでしたが、コロナ禍以降、多くの人一人の時間を充実させ始めたことで、関心が高まっています。
一人でいても、心持ちが豊かになれる場所が求められています。そういう空間を作り得るのは、公共の立場だと思います。これまでにも一人でいられる場所はありましたが、主役にはなっていませんでした。都市の中ではそういう場所は少なく、だから郊外へ引っ越す人が増えていると言われますが、郊外に行っても一人きりで居心地のよい場所というのは、実はあまりありません。郊外は家族という単位で居心地がよい風に設計されているからです。
コロナ禍以前ですが、建築家の槇文彦さんがおっしゃっていたことが印象に残っています。「尊厳のある一人の場所」ということで、一人でいる人がみじめではない、堂々としていられる公共空間を考えた方がいいと。まさに今そのことが実感を伴ってきています。
たとえば男性が一人で暮らしていると、「ひとり↓孤独↓みじめ」という言葉が連想ゲームのようにイメージされます。「誰ともつながっていない=不幸」というのは間違っていませんが、「一人でいること=みじめ」という考え方は見直しの時期にきています。
日本は2040年には4割が一人世帯になると言われていますが、そうなったとき世の中はどうあるべきか、まだ我々に明確な答えがありません。これからは公共政策でも「一人」の人が豊かに暮らせることをもっと考えていく必要があります。
住宅の企画でも、「豊かに暮らせる一人の住まい」というコンセプトが必要になるでしょう。それと同時に公共の場でも、「一人でいても居心地のよい空間」が作られていかないと、生きづらい日本になるのではないでしょうか。4割くらいが一人世帯なのに、一人の人が居やすい場所がないとなると、かなりの人が居づらい想いをすることになります。

一人一人が豊かに過ごせる場所が
自分の住む街にあるのが理想

ニューノーマル時代

テレワークの推進で、これからは仕事場にも注目すべきだと思います。元々ある公共空間では、図書館が近い役割かもしれません。自宅で仕事をすると、子どもがうるさい、家族同士でオンラインミーティングの場所を取り合うなど、家では集中できない時に、家の近くに仕事ができる場所がほしい、というニーズが出てきています。「ソロワークスペース」です。コワーキング(※1)も増えており、民間が投資して成り立つ場所にはどんどん登場していますが、郊外の住宅地など成り立ちにくい場所もあります。そういう時に社会インフラとして「図書館」があるなら、社会インフラとしての「オフィス」も考えられるのではないでしょうか。
自分たちの生活をより豊かにしていくために、公共がまずやってみせることはありうると思います。ワーケーション(※2)の推進もその一つで、実際にいま自治体からの相談もいくつか受けています。使われなくなった施設を用途を変えて使用するなど、方法はあると思います。

(※1)異なる職業や仕事を持った人たちが、スペースなどを共有しながら仕事を行う場所。
(※2)「ワーク」と「バケーション」を組み合わせた造語。観光地やリゾート地でテレワークなど仕事をしながら休暇をとる過ごし方。

NewNormal
コロナ後の街・住宅・オフィス

「with/afterコロナのまちと住宅とオフィスはどうなっていくのだろう」大阪と山形の大学生とR不動産の仲間が集まったオンラインゼミから出たアイデアの一部を紹介します。

ニューノーマル時代

密対策と換気のアイデア

換気ができてパーティションにもなる、大きな窓があるカフェ。大きめのガラス戸をくるっと開けて固定すると、座席を仕切るパーティションにもなるというアイデア。

ニューノーマル時代

公園をオフィスに

テレワークの場所は自宅だけとは限りません。近所の公園もオフィスになるでしょう。開放的なワークスペースで、仕事もはかどるかもしれません。

NewNormal コロナ後の街・住宅・オフィス(街編)より引用
https://www.realpublicestate.jp/post/newnormal-machi

これからは多機能な街が
選ばれていく

ニューノーマル時代

テレワークがさらに広がると、住宅地に住む人なら、お昼ご飯を食べに行こうにも近くに店がなく、仕事をする場所も家しかない、ということが出てきます。これまで都心のオフィスに出勤するなど、長距離を移動することで、いろいろと自分の周りを充足させていたのが、移動なしで充足できるようにしたくなります。
ニューノーマル時代は、街を多機能化していくべきだと思います。20世紀の都市は住宅地、工業地、商業地と、用途で分けて開発してきましたが、これからは多機能化が、街が生き残るためのキーワードになるでしょう。テレワークの場所を郊外に作るというのも、その足掛かりです。単純な住宅地から一歩進化した「働ける住宅地」です。これを達成したら、選んでもらえる街になると思います。
今回、コロナ禍でいろんな街を観察していると、古くから人が住んでいて、古くからの商売が続いている街は、上手く機能していると感じました。
つまり、長く人が住んでくれるところ、子育てをして、老後まで住める街はいろんな意味で生態系として上手く成り立っている。一方でたとえば、大阪ミナミのような街では、インバウンド向けに舵を切り、ドラッグストアは外国人観光客向けになり、飲食店も常連ではなく、ほとんど一見さんだけになってしまった。そういう街は、コロナによる打撃が大きかったようです。
大事なのは住民あっての街。地元の人で消費が成り立つベースがあって、その上で観光政策を立てるべきです。住民が他の地域で消費して昼間は空っぽという街は、これからは選ばれなくなるでしょう。空き家だらけの街と、新住民でにぎわう街の差が出てくる気がします。

集まることが目的の公共施設は
どう変わるのか?

公共施設に多くの人が集まること自体は、これからもあまり変わらないでしょう。やはり皆で音楽をライブで聴くとか、一つのことで集まって共有する良さは不変のものです。コロナがある程度収束すると一定数戻っていくと思います。
一方でオンラインという新しい集まり方も出てきました。今進んでいる音楽や演劇などのイベントホールの設計では、ホールで公演をしながら配信もできるようにしています。
つまり、集まることには人数の制約がある一方で、オンラインでは無限に呼び込める可能性が広がりました。オンラインも盛り込んだ、人の集まる場にしていこうとしています。それもやらなければ、再びこういう感染症が来た時にまたゼロになってしまいます。客席を離すなどの、対症療法的な工夫のほかに、再びリスクサイドに触れた時に、ゼロにならないための備えが必要だと思います。
情報発信をしている人たちは、配信のためのスペースが必要になっています。広さよりも、背景がいいとか音響がいいとか通信環境が整っているとか、要は外の音に影響されにくい環境を整えるニーズが強くなっています。オフィスでも会議用スペースを整えようとするニーズが高まっています。オンライン会議をする時に隣の部屋の声が聞こえることが結構ありますが、情報漏洩の可能性があり、対策が必要です。まず音が漏れないこと。遮音性の高い材料で囲まれていたらいいと思います。音同士が干渉しづらいことも必要です。

リスクに備えた
「セカンドシナリオ」を用意する

ゼロにならない備えとは、「セカンドシナリオ」を用意することです。リノベーションの考えがベースにあります。リノベーションに携わっている人はその辺を考えることが得意だと思います。
ある民泊を作る時、コロナとは関係なく「民泊が上手くいかなかったときのことも考えて、賃貸住宅として使えるように、ちゃんとした家の造りにしましょう」と提案しました。実際に賃貸住宅の募集をすると、結構いい家賃で住んでくれる人が来てくれました。そういう2番目の線も設定しておくことが大切です。
あるビル(写真1)の新築では、、高齢の方がオーナーで、相続のことも視野に入れていました。自分が住む場所はビルの3階、多分今後住む人はいないが、相続はされる。1階、2階は商業施設なので、3階も商業施設や隠れ家レストランになればいいかなと話しながらプランを考えました。家の仕様では商売ができないから、飲食店に転用できるように、耐火の規定などを全部飲食店用の設計にしました。これで、相続後家ではなくて商業的な利用をしたいとなっても困りません。
この間手がけた保育園(写真2)のセカンドシナリオは、住宅でした。保育園がテナントとして入る新築建物ですが、仮に保育園の運営が上手くいかなかった場合、セカンドシナリオは「大きめの贅沢な家」にしました。住宅のプランにした時にお風呂、キッチン、換気扇などの設置ができるように、セカンドシナリオのルートも確保して保育園にしています。

ニューノーマル時代

(写真1)商業施設と個人住宅の複合ビル。3階の住宅が将来的に商業区画に転用できるように耐火建築物としてある。

ニューノーマル時代

(写真2)広い空間を生かした保育園のセカンドシナリオは「贅沢な住居」。キッチンや浴室などの場所も想定されている。

建物の事業性を提案することが
リノベーションの役目

リノベーションは表面をきれいにしたり、イメージを変えたりすることが仕事だと思われますが、実際のところは、事業で行き詰まっている方の相談が多いです。アパートの借り手がつかないとか、ホテルの稼働率が上がらないとか。解決のために、その状況と空間を見て、次の使い方、事業性の提案をします。
つまりセカンドシナリオを考えるのが仕事です。建物の転用を色々とイメージし、次の活用を構想します。これが上手くいかなかった場合はこちらで、というように。これはコロナ禍の状況でも変わりません。まだセカンドシナリオを持った建物は少ないですが、このような考え方で設計をしていくことが、想定外のリスクに備えることにつながるでしょう。
コロナ禍で私たちの生活に大きな変化がもたらされ、公共空間の役割も変わってきています。衛生対策に迫られる建築もありますが、「居心地の良い一人の空間」や「セカンドシナリオを持った建物」など、人の集まり方や有事の変化に対応した新しい形が必要とされるでしょう。