園舎は、もう一人の保育士。子どもを見守り、育てる園舎とは

園舎

幼稚園、保育園、認定こども園など、子ども向け施設を170件以上手掛けられている石嶋氏。
園舎の写真を見ると、どれも子どもたちのいきいきとした声が聞こえてきそうな、豊かな空間です。
実例をご紹介いただきながら、園舎の在り方について考えをお聞きしました。

  • お話を聞いた方

  • 石嶋
  • 石嶋設計室
    石嶋 寿和 氏
    一級建築士。
    都市デザインに携わったのち、2004年、石嶋設計室を開設。
    手掛けた子ども向け施設は、グッドデザイン賞やキッズデザイン賞など多数の受賞歴を持つ。

園の想いを聞きながらカタチにしていく

園舎

家具を動かすことで、大小さまざまなゾーンが作れる。異年齢保育が行える空間に。

保育施設の建設は行政の補助金を利用するため、事業計画から竣工まで単年度でやらなければならず、設計にかけられる時間がとても短いのです。
そこで私は、最初に園の方針や先生の保育に対する想いをお聞きする場を設け、その場でスケッチをしながら園舎のイメージを作り上げます。設計の大枠はだいたいここで決まります。
「石嶋さんが好きなものを作ってください」と言われると困りますね(笑)。
私は保育をする人ではありませんから。
保育をする人がどんな園を作りたいのか、想いに沿って、これまでの経験や知識をもとに、アイデアをご提案します。
設計の大枠を決めるのは私ですが、あとは照明や外構など、色々な専門家との協働作業で行うことが多いです。
自分の考えが広がり、相乗効果で作り上げていくコラボレーションが好きなんです。

子どもの目線で空間を作る

園舎

3~5歳児室とワンルームで床を上げて設けた2歳児室。お兄さん、お姉さんの活動を見ながら学べる。

子どもの施設を設計するときは、自分が子どもの頃に楽しかったことを思い出したり、わが子の行動を見たりして発想を得ています。
押し入れに隠れたり、基地を作ったり…隠れ家みたいなスペースに、わくわくしたなぁとか。
子どもには、保育園の室内はとても大きな空間に見えるので、少し囲われているようなスペースがあると落ち着くようです。
そこで「わんぱくすまいる保育園」では、積み木やままごとをして遊ぶ隠れ家的スペースを作りました。大人からは子どもの様子が見えていますが、子どもには隠れた感じがするよう、可動式の家具で衝立を設けています。

毎日過ごす園舎を発育の場に

園舎

ロフト 階段を登り切った先にある隠れ家的なロフト。空が見渡せる。

園舎の設計において「安全性」は最重要ですが、それだけを果たすなら、段差も何もないフラットな空間を作ればよいことになります。
最近は、街中どこに行ってもフラットな作りで、安心・安全です。バリアフリーの徹底は重要なことですが、子どもにとっては「危機回避能力」が育ちにくい。

一日の大半を過ごす園舎で、その能力を養えないかと考えています。安全に管理された中にちょっと危険な所を残す、という具合です。
たとえば、階段。都市部では集合住宅に住んでいる子どもが多く、街でもエスカレーターやエレベーターを利用するので、階段を上り下りする機会がほとんどありません。そこで、あえて段差などちょっと障害となるものを設けると、子どもは上ったり下りたり、遊びながら転ばない能力を身につけていきます。園の外に出れば危険が色々あることを考えれば、危険を教えることも必要だと思います。

また、段差は運動量の確保にもつながります。園庭にも子どもたちがいきいきと遊び回れる山や谷のようなものを設けることで、好奇心を刺激するとともに、基礎体力も養えるようにと考えています。

園舎

砂場や土管などの素朴な遊具で、工夫をこらし、創造性を発揮しながら存分に遊べる。

園舎

階段室 園舎の中央に設けた、らせん階段。1周(4段ずつ×4辺)登ると上階になる。上に登るにつれて保育年齢が上がる
いずれも「わんぱくすまいる保育園」(東京都)

自宅ではできない経験を積ませたい

園舎では、自分の家ではなかなか経験できないことを経験させたいですね。
段差や、泥だらけになって遊べる砂山、本物の木材を使うことなど、しつらえの一つひとつが、すべて子どもの発育のためという想いにつながっています。
木をよく使うのは、本物の木の持つやさしさに触れられることはもちろんですが、雑に扱えばすぐに傷がつき、大事に扱えば長く使える。木を通して「物を大切に扱う心」を養ってもらいたいからです。

子どもたちにもう一人の保育士を用意するつもりで

これまで200件以上の施設設計を手掛けてきて、子ども向けの施設とはどうあるべきか、自分なりに強く意識する局面が多々ありました。
当たり前のことですが、未来を生きる子どもは一番大事な存在です。人間の始まりの時期の学びの場が、単なる生活のための箱であってはいけない。
「もう一人の保育士」を用意するような気持ちで設計しています。

保育施設の設計にはたくさんの法令規制があり、細かく基準が決められています。設計審査も厳しいですが、「こういう保育園を作りたい」という園の強い気持ちを反映していくために、私たちも信念をもって取り組んでいます。

保育園も淘汰の時代に。選ばれる保育園になるために

園舎

「都心では敷地条件の厳しいところが多いので、なるべくすっきり正形に作った上でアイデアをプラスしています。」

保育施設は、「待機児童解消」という施策のもとに積極的に建築され、東京都だけでも毎年200件以上の施設が開設されています。しかし少子化が進行し、地方ではすでに定員割れしている園もあります。近いうちに都市部の園も淘汰されていくと思います。かつてのように「入れるならどこでも」から「入りたい園に入る」時代がきています。理念のない園には、園児が集まらなくなるのではないでしょうか。

保育施設の設計も、理念があるかないかで違ってくると思います。子どもの発育を促すためには何が必要か、過度に子どもを保護する園舎を作るのは簡単ですが、危険を教えたり、物を大切にする気持ちを育んだりするのは、保育士だけではできないこと。園舎がその一翼を担えると思っています。 設計の制約が多いので簡単ではないですが、これからもチャレンジを続けたいですね。

  • みらいく中村橋園(東京都)

  • みらいく中村橋園(東京都)
    木を通して物を大切にする心を育んでほしいと「木育」をテーマにした園舎。中央の幅広い階段は、観覧席やコミュニケーションスペースとしても活用できる。
  • グローバルキッズ狛江園

  • グローバルキッズ狛江園(東京都)
    外観は、周辺の景観と調和するように、スケールや色合いを考える。
    レンガは年月を経た風合いが、街並みに優しく溶け込んでくれる。