患者、スタッフ双方に安全・安心な医療施設の設計を考える

安心 安全

私たちにとって身近な医療施設である、地域の診療所やクリニック。
一次医療の拠点として、重要性が高まっています。
医療施設の設計に携わる際に配慮すべき点を、安心・安全な医療施設について長年研究を続けておられる工学院大学教授の筧淳夫氏に伺いました。

  • お話を聞いた方

  • 筧
  • 工学院大学 建築学部
    教授、博士(工学)
    筧 淳夫 氏
    国立保健医療科学院施設学科部長を経て2011年工学院大学 建築学部教授に着任。主に「医療・福祉施設の安全性」をテーマに、施設利用者と勤務者の両面から施設のあり方を研究している。
    (一社)日本医療福祉建築協会「医療福祉建築賞」選考委員長。
    主な著書『医療施設 IS建築設計テキスト』(市ヶ谷出版社)長澤泰、小松正喜、山下哲郎、筧淳夫 他著

日本の医療施設の現状について

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患者負担軽減のために筧教授が提案された「ワンストップ外来」。総合病院に一般的な「総合受付」をなくし、いくつかの診療科を一つのブロックにまとめ、受付から診察・会計まで各ブロック内で完結する。(足利赤十字病院)

戦後全国に作られた総合病院は、1990年代から「量から質」の時代に移行します。人口減、高齢社会を見据え、病院の合併、再編が進みました。ピーク時(1990年)には1万96あった病院数が、現在では8千4百ほどになっています(※1)。
さらに医療改革によって、総合病院の役割は二次医療、三次医療が中心となり、「プライマリ・ケア」と呼ばれる一次医療は、地域の診療所が担うようになりました。診療所はかかりつけ医として、私たちの日常と最も関わりの深い医療施設になっています。
診療所は「有床診療所」と「無床診療所」に区分されます。入院患者を受け入れる有床診療所は24時間の看護が必要なため、人材不足や長時間勤務を敬遠する医師が多く、その数は減り、無床診療所が増えています。無床診療所は、立地も大きさもさまざまで、ビルの中にある「ビル診」なども含めると9万5千施設にもなります(※1)。

医療施設設計に役立つチェックリスト作成

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筧教授が設計アドバイスに参画された「足利赤十字病院」。医療施設の専門家の意見を取り入れ、さまざまな課題に新しいアプローチを行い、2013年「医療福祉建築賞」を受賞した。

診療所やクリニックの設計は医療施設専門の知識がなくてもできます。しかし、住宅と同じように設計すると、いろいろな問題が起きる可能性があります。
現在、医療施設内で発生しているさまざまな医療事故やトラブルに対して、視察調査をしていくと建築や設備などにも問題のあることが分かってきました。こうした事例が広く共有されると望ましいのですが、建築士が医療施設の安全性について知見を得る場がほとんどないのが現状です。
私が教鞭を執っている工学院大学の「医療・福祉建築研究会」では、2014年から『ノーツ オン ホスピタル ビルディング』という医療施設の環境評価チェックリストを作っています。全国の病院設計を手掛けている設計事務所やゼネコン、病院建築の研究者たちで組織された研究班が作成に携わっています。初年度(2015年)は外来部門を発刊し、2018年は病院全体の共通事項をまとめています。
医療行為の保証、安全性の確保、プライバシーへの配慮など、13の評価軸に分類し、それぞれに建築設計時の具体例も示しています。
病院設計の基準を整備すると、設計の自由度を制限してしまうのではないかという危惧もあります。私も建築士の創意工夫を大切にすべきだと思います。そこで基準は設けず、「○○ができている」というチェックリスト形式にしています。
診療所やクリニックの設計の際に、『ノーツ オン ホスピタル ビルディング』でチェックしてみて、何が問題かを考え、問題点をあぶり出すことにつながればと願っています。

『ノーツ オン ホスピタル ビルディング』について

施設内で多い「転倒」を防ぐためには

医療施設内の事故で常に一定の割合で発生するのが「転倒」です。医療スタッフの人的努力だけでは、防ぎきることが難しいものです。
転倒対策の一つは、床の滑りへの配慮です。たとえば、診察室など耐水性のある床材を使いたい部分と、待合室など居心地の良さを高めたい部分では、床材を変える必要が出てくると思いますが、その際、同じような滑り抵抗の床材を選ばないといけません。滑りにくい床と滑りやすい床を続けて並べると、転倒のリスクが高まります。
高齢者特有の「すり足歩行」は、「これくらいの滑りがある」と意識はしていないが、無意識のうちに滑り抵抗を期待しながら足を運んでいます。床材が変わり、滑り抵抗の期待値が外れると、転びやすくなるのです。
身体の重心を垂直方向に移動させる時、つまり立ったり座ったりする時や、何かをまたぐ時も危ないです。重心が支持基底面を外れるので、転倒しやすくなります。(支持基底面とは、身体を支えられる範囲のこと)
入口で靴を履き替えさせるクリニックがありますが、おすすめできません。転倒しやすく、履き替えなくても清潔性に問題ないというエビデンスもあります。
狭さも転倒の環境要因となります。狭いと人や物(家具など)にぶつかる可能性が高くなります。ぶつからないようにと不自然な姿勢や動作を強いられると、バランスを崩して転びやすくなります。

クリニックでの衛生対策に求められること

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狭さ(面積)の問題は、衛生対策にも関わります。
医療施設では、衛生対策は必須です。患者さんは自分がどんな感染症を持っているのか分からずに来院されるので、待合室の衛生対策は特に重要です。待合室が狭いと、飛沫や接触による感染リスクが高まるので、面積は極力広くとったほうがよい。とはいえ、日本のクリニックは狭いところがほとんどです。だからこそ設計面で知恵を絞り、狭いなかでもリスクを減らす工夫が求められます。
院内の清拭のしやすさも重要ですね。病院では、埃がたまらない仕様にするのが望ましいです。カーテンレールの上や横桟などは、埃がたまっても清拭しにくいので、そのままになりやすい。清掃に手間のかかる仕様は避けた方がよいと思います。

医療の質向上につながる施設設計とは

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医療事故には、さまざまな要因があります。スタッフが「ミスをしないように気を付けよう」「これまでの医療業務を見直そう」と頑張るだけでは、防ぎきれない面があるのです。事故の原因を探っていくと、設計に問題があるケースも見受けられます。人的ミスとして自分たちのせいにしていたことが、設計や設備で発生のリスクを減らすことができます。
医療施設は、建築士が創意工夫を発揮することによって、医療の質の向上にもつながります。建築士も医療スタッフとともに、医療向上に取り組む一員なのです。
安全性のことばかり気にするので「医療施設はつまらない建物になる」といわれますが、デザイン性の追求ももちろん重要です。安全性とデザイン性、両方を兼ね備えることが理想ですね。

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