子ども・大人・地域と共につくる次世代の学びの場

学び

明治時代に誕生した学校は、時代と共に変化してきました。
AIやIoTなど目まぐるしく技術が進歩する今、学校教育にとっても大きな転換期が訪れています。
学校建築計画の第一人者である東洋大学名誉教授の長澤悟氏に、今、時代が求める“学びの場”について伺いました。

  • お話を聞いた方

  • 長澤
  • 教育環境研究所
    所長
    長澤 悟 氏
    東洋大学名誉教授。工学博士。
    教育方法の多様化に対応した学校建築計画、地域施設計画、住宅・地域づくり等に関する研究に従事。新しい学校のあり方を提案、実践している。

効率的な一斉授業から個を重視した学びへの転換

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図書館と中庭が学校の中心となり、その周囲に開放的な廊下を配置。生徒たちは学校全体の様子を感じながら学校生活を送る。

近代の学校が誕生したのは明治時代。富国強兵を目指した人材育成が教育の主眼となり、教える側の視点に立った学校づくりが始まりました。その後、大正デモクラシーの時代に児童中心主義教育の動きが起こり、施設の充実が進みました。
しかし戦後、戦災復興や新教育制度への対応を進めるために、学校施設は量的な整備に追われ、画一化します。また、経済成長を担う人材育成が、一斉授業により進められます。
学校が変化を始めるのが1970年代後半です。一人ひとりの違いに応じた多様な教育方法が重視されるように。「Teaching」から「Learning」への転換、学びの捉え方が変わった時期です。そして1985年頃、その学びに合わせたオープンスペースが普及し始めました。子どもたちが自由に集まり、先生同士も協力しながら柔軟に集団編成ができる空間が目標とされました。その頃から、学校施設は大きく変化を遂げていきます。

知識・技能を覚えるよりも学び方を身につけること

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「表現の舞台」と名付けられた、生徒たちの自由な発表の場となる大階段。学校の中心に配置され、校舎全体をゆるやかにつないでいる。

AI、IoT、ICTなどの発達に伴い、新たな社会基盤がつくられつつある今は、教育的にも大きな転換期にあります。その目標を表すのが“コンテンツからコンピテンシーへ”。コンテンツとは「学習内容」、コンピテンシーとは「資質や能力」。つまり知識や技能を覚えることから、 学び方を身に着けることへと、教育において重視される点が変わっているのです。
新たな学びのカギになるのは“一緒に学ぶ”こと。一緒に考え、自分とは違う意見を理解し受けとめ合いながら課題に取り組み、それぞれが成長していく。また“一緒”には、先生、保護者、地域の大人にも言えます。新しい時代を生きていく子どもたちを、社会が総がかりで育てていく体制づくりが必要です。

今、現場で求められている学びの空間とは

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そんな、大きく変わりつつある教育現場で求められている空間づくりのポイントは、多様な教育活動を行うために、必要な時に自由に、すぐに展開できるということ。それを可能にするのは、自由度が高く、新たな活動や発想を生み出せるフレキシブルな空間です。フレキシブルといってもがらんとした何もないという意味ではありません。学びに必要な教材や場が用意され主体的な活動ができるという意味です。
例えば、天井が一部分だけ低い、小さなコーナーがある、または水回りがあるなど、「ここでどんな活動をしようか」と発想の手がかりとなる空間。想像力を刺激する多様性を、いかに用意できるかが、建築家の腕の見せどころになるでしょう。

児童・生徒の心身を考えた「音環境」への配慮

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多様な学習活動ができる、教室前に設けられたオープンスペース。クラスや学年を超えた学びの場では、議論も活発に。

“一緒に学ぶ”という教育方針、そしてオープンスペースができたことで、児童・生徒同士がディスカッションをする授業も増えています。そんな中気を付けたいことは、五感への配慮。とりわけ音環境は重要です。しかしこれまであまり意識されてきませんでした。例えば、幼稚園の先生は難聴になりやすい傾向があると言われています。日常的に子どもの大きな声を聞き、その中で自身も声を張り上げているからですね。それは子どものせいではなく、室内の音環境が悪いためです。
音環境が悪い原因は、建物の材料。戦後、校舎の不燃化のために、鉄筋コンクリートの校舎が増えました。建築コストを抑えるためでもあり、コンクリートや石膏ボード、ペンキ塗り、Pタイルなど吸音性のない材料ばかりで仕上げられたのです。固い材料に囲まれた空間では、吸音性が不足し、音や声が問題になってしまいます。その結果、「オープンスペースは騒がしい」として問題視されました。
ですが、そのオープンスペースの普及をきっかけに「天井には吸音性をもたせる」「音が反響しない壁材を使う」など、教育空間の音環境が初めて意識されるようになりました。今では、児童・生徒の心身に配慮した音環境を、設計の段階から考える例が増えています。

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2クラス共用のオープンスペース。活動に合わせて動かせる家具が用意され、自由度の高い開放的な空間に。

近年増加する木造校舎は人にも地球にも優しい建築

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奈良県産のスギを使った什器を設置した、温もりあふれる図書室。地域産材を活かした好例。

近年は木材を生かした学校建設が増えています。既存施設の改修時に、内装を木質化したり、木製家具を採用する例も増えてきました。
木はリラックス効果があり、子どもたちが健康で快適に過ごせる環境をつくるうえで有効です。また、木は炭素をたくさん吸収し、木造建築はその炭素を排出せず固定するので「都市の森」とも呼ばれ、低炭素社会に役立ちます。地域産材を使う学校も増えていますが、これは地場の林業や製材業の活性化に有効で、地域の森林、国土の保全にもつながっていきます。

地域市民を守る災害拠点としての学校

「学びの場」以外の側面で学校をとらえた時、児童・生徒だけでなく地域住民の安全を守る役割というものがあります。実際、既存の学校施設の9割超が避難施設に指定されています。
だからこそ災害に対する強さが求められます。構造はもちろん、非構造部材の耐震化も重要。体育館の天井が落ちて、避難所として使えなくなるということもありました。数々の震災の経験から、この十年余りで日本の学校の耐震化率はほぼ100%になりました。関係者の努力の賜物です。
あとは建物の強さだけではなく、備えの面が重要になるでしょう。避難所となった時のプライバシーの確保や支援物資の保管や仕分け場所、情報の入手や発信ができる設備が欠かせません。避難が長期化した時のために、避難者が自律した生活を送れる準備も必要でしょう。

これまでにない学校を子ども・大人・地域で共につくる

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写真提供:教育環境研究所

また、これからの学校は「大人」のことも考えた空間にすることが大切です。例えば新たな学びをつくりだすうえでは、先生同士の協働が一層重要となります。職員室の機能を高めるとともに、リフレッシュ、情報交換の場などを充実することで、新たな教育の取り組みが生まれることもあると思います。
さらに保護者や地域の人が、特別な用事がなくても集まれる居心地のいい場所もあるといいですね。その中で課外授業のアイデアが生まれるなど、地域の人が教育に関わるきっかけとなる。まさに人が集まる場が、“一緒に学ぶ”新しい時代の学校を生み出す力にもなります。
今は、学びの場の大転換期。学校づくりに関わる私たち大人にとっても未知の「未来の学校」が待っています。子どもたちの豊かな育ちの場を生み出す、ダイナミックな仕組みをデザインしていきたいですね。

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