日本の美意識を背景とした新しいくらし価値の創造

2020.10.28

日本の美意識を背景とした新しいくらし価値の創造

(右)森川 歳久:デザイン部 プロダクトチーム リーダー
(左)岸田 康弘:デザイン部 プロダクトチーム デザイナー

※所属・役職名などは取材時点のものです。

Daiken Designが目指す、これからのものづくり。
その鍵のひとつとなるのが『越-etsu-』プロジェクトです。
このプロジェクトは、日本の伝統技術を建材に生かす可能性を探り、地域産業の活性化に貢献するための取り組みです。
これまでにない、新たなくらし価値の創造をめざし、DAIKENの独自技術と地域産業とのコラボレーションで公共商業建築市場へ向けた建材のデザイン開発を推進しています。

『越-etsu-』に込められたストーリー

『越-etsu-』に込められたストーリー

Daiken Designでは、プロジェクト開始の2年ほど前から、長期ビジョン「GP25(グロウプラン25)」のもとに、ホテルや高齢者施設など公共商業施設向けのデザイン提案を進めていました。 その中で「これまでにない新感覚の建材デザイン」で各施設にアプローチしていきたい、その思いが強まったのがプロジェクトのきっかけでした。
そしてメーカーとして、「地球にやさしく、人にやさしいものづくり」の精神を今一度、根づかせたいとも考えていました。そこから私たちは自然と地域の伝統産業に目を向けるようになりました。人に長く愛され使われ続けることがベースとなっている日本の伝統工芸品。その技術を内装建材に生かす可能性を探れないか―。
より多くの人の目に触れる公共・商業施設で、伝統工芸の技術が活かされたデザインを展開すれば、地域産業の活性化にも貢献できるはず。そう考えて、このプロジェクトはスタートしたのです。

『越-etsu-』というワードには、「それぞれの作り手が境界線を越えて融合し、 新しい価値を創り出す」という想いが込められており、水面にひろがる波紋のように、 本プロジェクトが日本各地へ広がっていくイメージをデザインコンセプトにしています。

『越-etsu-』に込められたストーリー

ふりむけばそこは伝統技術の宝庫

ふりむけばそこは伝統技術の宝庫

プロジェクトスタートの段階で浮上したのは、東京の展示会で目にしていた「能作」の鋳物や、銅や真鍮に発色を施す「モメンタムファクトリー・Orii」の作品。偶然にもいずれもDAIKEN創業の地・富山県の企業でした。そして、両社がある富山県高岡市は、仏具の街として栄えた場所。さらに高岡市を含む富山県西部は、銅器・漆器や組子などをはじめとする、多くの伝統産業が盛んな地域で各種伝統技術の宝庫でもあったのです。自分たちの一番そばに、伝統産業を現代に受け継ぐ匠たちがずらりと控えていたのでした。そこで私たちは、伝統産業の職人との出会いを重ね、工業製品として広く普及する建具を手掛けるDAIKENとのコラボレーションで何かできないかと具体的に動き出しました。

鋳物、レバーハンドル、加飾

鋳物、レバーハンドル、加飾

プロジェクト最初のチャレンジとして、DAIKENの持つ技術と このプロジェクトの取り組みを端的に表現し、お客様のご意見をいただくきっかけづくりにするため、発色や蒔絵などの加飾の見え方、デザインの可能性を探るレバーハンドルをデザインしました。

鋳物、レバーハンドル、加飾

下ハンドルデザイン① / 右ハンドルデザイン② / 左ハンドルデザイン③

デザインにあたっては、富山県を象徴する事象をレバーハンドルという形状で表現することに。富山湾に見られる蜃気楼は千年を越えて生きるハマグリの吐息が起こしている、という言い伝えをもとに、ハマグリをモチーフにしたレバーハンドル。(下ハンドルデザイン①参照)
富山のダイナミックな地形をイメージしてデザインしたレバーハンドル。(右ハンドルデザイン②参照)
万葉の里と呼ばれる高岡市にちなみ、新元号の「令和」に元づいた梅花の宴で人々が輪になり短歌を詠む様をデザイン化したレバーハンドル。(左ハンドルデザイン③参照)
それぞれの思いが込められたデザインでしたが、実際に加工するという段階では、その複雑な造形の実現に、職人たちの技が注がれました。

能作では、レバーハンドルのベースとなった真鍮の鋳物を担当。金属を流し込んで冷やすという鋳物の特性は、外と中の温度の違いによって伸び縮みし、複雑なデザインを美しい鋳物ならではの造形にするために何度も試作を重ねました。
また仕上げについては、鋳肌にブラスト(製品に無数のガラス玉などを打ち付けて梨肌にする作業)を施したものと、鏡面研磨を施したものが完成しました。

鋳物、レバーハンドル、加飾

加飾は、モメンタムファクトリー・Oriiによる深い色合いの発色、漆芸吉川の蒔絵、和田彫金工房の彫金が施されました。和田彫金工房では普段、仏具のお鈴(おりん)や釣り鐘に彫金を施していますが、レバーハンドルのような複雑な形状を相手にするのは初めて。固定して作業するための治具を特注することからスタートしました。
日頃から使う人の視線を念頭に仏具や襖引手を手がけているだけあり、「彫金が美しく見える位置」についても経験に裏打ちされたこだわりがあり、ドアを作る者として何度もうならされました。

鋳物、レバーハンドル、加飾
鋳物、レバーハンドル、加飾

散居村に立ち並ぶアズマダチと、枯山水の秋がドアに広がる-ホテル向けドア

散居村に立ち並ぶアズマダチと、枯山水の秋がドアに広がる-ホテル向けドア

レバーハンドルの試作から進めたのは、多くの方が利用するホテルの客室向けドア。木製でありながらの防火性能を発揮するDAIKENの「木製防火ドア」をベースに、富山西部の散居村に見られるアズマダチ(建築様式)の焼杉の色や秋の色彩を加飾で表現したデザインを考えました。
煌びやかな意匠のドアは、訪れた人の気持ちを明るく豊かにしてくれます。

散居村に立ち並ぶアズマダチと、枯山水の秋がドアに広がる-ホテル向けドア

加飾パネルでは、真鍮板に薬品と熱による化学反応を起こし、複雑に発色させた赤から金へのグラデーションが見どころ。発色を担当したモメンタムファクトリー・Oriiでは、それまで単色の焼き付けしか行っていませんでしたが、何度も小片試作を繰り返し、異なる色を組み合わせた綺麗なグラデーションを作ることに成功したのです。

散居村に立ち並ぶアズマダチと、枯山水の秋がドアに広がる-ホテル向けドア

採光部は河島建具が担当。難易度の高い組子技法のひとつ干網(ほしあみ)を駆使して、枯山水の水面に広がる波紋を表現。組子の間から光を美しく通します。さらに、通常は用いない仕上げも行っています。本来は同心円状に弧を描いていくのに対し、円弧を放射状に広げて組むという取り組み。また、表面がフラットに組むのが一般的ながら、あえて部材の厚みの途中まで差し込んだ仕上げに。

より深いところでデザインを完成させるために、職人が繰り出す繊細な手法には驚かされてばかりでした。

五箇山の雪景色と広がる波紋を映した風格デザイン-施設向けドア

五箇山の雪景色と広がる波紋を映した風格デザイン-施設向けドア

続いて手がけたのは、医療、高齢者施設向けのドア。衛生面に配慮したDAIKEN独自技術である、抗ウイルス機能『ビオタスク』を備えた引戸をベースに、富山の世界遺産である五箇山地区の雪景色と波紋という冬の枯山水をデザインに込めました。

五箇山地区に佇む世界遺産の合掌造りと、深々と雪が降り積もる山間に広がる景色。日光をうけてキラキラと光る雪面の輝き。これらの風景をさまざまな加飾技法で重層的に表現するというのが今回のチャレンジでした。

雪景色のように白いドアを制作したいというオーダーを形にしたのは、漆作家の漆芸吉川。

雪景色のように白いドアを制作したいというオーダーを形にしたのは、漆作家の漆芸吉川

写真④

卵の殻を細かく砕いて貼っていく「卵殻」と呼ばれる技法ならイメージに近い白色が出せるとのアドバイスをもらいました。(写真④参照)ただ卵殻というのは、通常は小物のワンポイントとして取り入れられる技法。ドアの半分以上を占めるほどの面積に卵殻を施すことは、漆芸の世界では異例中の異例だったのです。
また殻を貼っていく作業はかなりの集中力を要するため、1日にできる作業の量が限られています。異例づくめの試みでしたが、親子二代の職人2人がかりで無事作業が完了したときは、私たちもほっとしました。ちなみに使用した卵は約100個。卵料理を食べ続けたほか、近隣の洋菓子店やパン屋に協力をあおぎ、400個を集めた中から選りすぐったものでした。

雪景色のように白いドアを制作したいというオーダーを形にしたのは、漆作家の漆芸吉川

写真⑤

雪面の輝きは、「銀箔研ぎ」と呼ばれる技法で表現。(写真⑤参照)和紙のシワ感を強め、糊で固めたところに銀箔を重ねます。さらにそれを研ぎだし、銀雪のような煌めきが生まれました。

雪景色のように白いドアを制作したいというオーダーを形にしたのは、漆作家の漆芸吉川

写真⑥

「波紋」を表す円弧の部分には、金蒔絵と青貝螺鈿(あおがいらでん)で細工をしました。金粉を蒔いて定着させる金蒔絵と、虹色の光沢を持つ貝殻の内側を切り出して使用する青貝塗りの技法によって、水面のような奥行きが実現しました。(写真⑥参照)

次の『越-etsu-』

富山県の職人たちとの共同作業によって、想像を越えた美しい意匠のドアが完成しました。

そして『越-etsu-』プロジェクトが次に歩みを進めているのは、岡山工場の代表製品、畳おもての新しいコラボレーションです。サーフェース・デザイン会社である洛彩の協力を得て、まず、畳おもての新たな織柄デザインを開発。

次の『越-etsu-』
次の『越-etsu-』

かねてより海外からの評価が高く、高級ホテル等での需要が拡大している、機械すき和紙を使用した畳おもての新デザインの開発も同時に進行中です。和紙を織り込むことで生まれる新たなテキスタイルとして可能性を追求していきたいと考えています。

そして。三重工場の床材、高萩工場の木質繊維板、DAIKENの製造拠点と各地の伝統工芸との出合いによって、より美しい意匠を実現できたら。
Daiken Designと『越-etsu-』プロジェクトの挑戦はまだまだ始まったばかりです。
水面に広がる波紋のように、このプロジェクトが日本各地へ広がっていくように。
これからも、Daiken Designは、たくさんの境界を越えていきたいと思います。